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地下経済

1 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2006/09/19(火) 20:48:39
日本の地下経済は5%程度といわれていますが、
本当にそうだろうか?


2 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2006/09/19(火) 21:35:12
                             ∧ ∧ ∧
                           /  `´ `´
                         <.  オ そ 知
                           ) ナ ん. る
               , -── ''  ̄ ̄ ̄<  二 な. か
              / _二二二_  ̄ ` - 、  )  l  こ 人
           /,ィ::::::!ヽ::::::::::ヽ:_;ゝ__ノ <  で と 間
           /ィ'´::|:::::::|  `'ー--=-''丶    ) す よ
         /'::!::::::|::::::ノ   ー-,- '.   ! <  ぅ り
         ゝj:::/::::::j:/    (o_゚ノ   !   )!
         j/:::_/..、       / ! ヽ !   ∨⌒∨⌒∨,
        ∠,;;/ (o:゚ノ          /   /\ : \
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3 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2006/09/19(火) 21:42:49
日本の地下経済(アングラマネー)の実態
http://www.777money.com/torivia/tikakeizai.htm

4 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2006/09/22(金) 18:53:31
 日本軍が降伏し、1945年9月2日にマッカーサー元帥率いる米占領軍によって
日本に軍政が敷かれた。戦後初期、マッカーサーは日本に民主制度を確立し、荒
廃した経済を立て直すためには資金援助が必要だと考えた。民主勢力に幸先の良
いスタートを切らせるには、政治活動資金として秘密資金の準備が不可欠だとマ
ッカーサーは確信したのだった。

 こうして、終戦時に日本軍が所有していた金や貴金属を使ってそのための資金
が用意された。それらは元々は日本軍が戦時中、中国、韓国、台湾、フィリピン
などの占領地で強奪したものであり、終戦時に米国に委譲され、もはや日本の国
有財産ではなかった。そのためマッカーサーは、米国での正式な法手続きなしに
その富を利用することができた。さらにその額は当初考えられていたよりもはる
かに規模が大きかった。後に、いわゆる見返り資金(被援助国が贈与分と等額の
自国通貨を積み立てたもの)と呼ばれる、米国がドルに交換できない日本円もこ
れに加えられた。

 この新しい資金は、主に吉田茂首相から出される、助言的な情報に基づいて
GHQ本部が管理していた。そして、この資金の内情に詳しい人々の間では、その
創設と初期の運用に関係していたマーカット少将にちなんで「M資金」あるいは
マーカット資金として知られるようになった。また吉田首相の関与から、吉田資
金と呼ばれることもある。

5 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2006/09/22(金) 18:54:24
 M資金は、日本に民主的な政治制度を確立させるためだけでなく、ヨーロッパ
でマーシャルプラン資金が使われたのと同様に、日本経済の復興に使われた。M
資金から低利子あるいは無利子の長期的な融資が、石炭、鉄、造船、化学肥料、
電力など日本の主要産業に提供されたのである。

 1950年に朝鮮戦争が勃発すると、在日米軍が韓国に移動したために日本の公的
秩序の維持に空白が生じた。これを埋めるために、現在の自衛隊の前身である警
察予備隊が組織されることになったが、日本国憲法が軍隊の維持を禁じていたた
め、日本政府には新しい兵力を組織する費用の用意がまったくなかった。そこで
マッカーサーは、その費用としてM資金から200兆円を拠出したのである。

 1951年9月8日、日米間に講和条約が調印され、これによって米軍の日本占領
は終わったが、日米安全保障条約が締結され、1952年4月28日に発効した。講和
条約および安保条約の付帯条件として、日米両国は、M資金を日米両国の共同管
理下に置くという秘密条約を締結した。

 1950年代の後半、日本側は1952年の安全保障条約の条項に不満を示し、改正
を要求した。それに応じて、アイゼンハワー大統領は改正の交渉を進めるため、
特使としてニクソン副大統領を日本に送った。ニクソンと岸首相の間で広範囲に
わたる交渉が行われた後、安保改正が決定、衆議院本会議で強行採決後、1960年
6月23日に成立した。

6 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2006/09/22(金) 18:54:58
 安保改正とともに、ニクソン副大統領はM資金の管理を日本にすべて任せるこ
とに合意した。ニクソンのこの行動は腐敗した政治的駆け引きの一部だったので
はないかといわれている。すなわち、ニクソンは大統領就任への支援と引き換え
にM資金の管理を日本に任せ、大統領になった暁には沖縄を日本に返還すること
を約束したというものだ。しかし、M資金の管理を日本へ移管する表向きの名目
は、戦争勃発の際に日本に緊急資金が必要になるというものだった。そうした事
態になれば日本は極めて脆弱である。というのも軍隊保持を禁じた憲法が、防衛
資金の準備にとってひどく足かせになるからである。日本側は防衛資金が本当に
必要になった際にこのM資金の有用性をさらに増すため、日本の管理下に置かれ
た後、M資金を大幅に増殖させることに合意した。

 1960年当時、12.3兆円と考えられていたM資金をさらに積み上げる任務を担っ
たのは当時池田内閣の蔵相だった田中角栄であった。そのために必要な資金は、
戦後の賠償を必要としない敵性外国人(米国や連合軍の国民)から戦時中に政府
が没収した土地を売却することによって用意する計画だった。

 1960〜1970年の10年間に、田中角栄は第三者を介して1,681件の不動産を売
却し、7.9兆円の利益を上げた。田中が使った手口は、自分が指定した第三者に個
人的に不動産を低価格で売却した後、今度は第三者に市価でそれを売却させ、売
却益をM資金に送金させるというものだった。これについて国会で公明党から質
問を受けた佐藤栄作は、この手口が明るみに出ることを恐れ、1970年にこの操作
を中止した。

 1991年、M資金は60兆円以上という途方もない規模に膨らんでいる。M資金は
日本の政治を独占し、日本経済の主要勢力となっている。しかし、驚くべきこと
に、今なおこれは秘密資金であり、他のほとんどの国にも、また日本国民の大半
にも知られていない。さらに驚くべきは、以下に記すように、この資金は日本政
府でも自民党でもなく、個人から成る少数の人間によって管理されてきた点であ
る。

7 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2006/09/22(金) 18:56:47
 アイゼンハワー政権末期にニクソン大統領が行ったこと、意図していたことの
実体は、これまで決して公にされることはなかった。岸首相およびその支援者
が、政府や他の組織の支配をまったく受けない個人としてM資金を管理するとニ
クソンが知っていたとは考えられない。しかし、実際は、岸首相以来、M資金は
ずっと個人による民間保有になってきた。その個人は、M資金から巨額の資金を
個人的、政治的な目的に充当できると考えたのである。この資金は国家の資産で
もなければ、政府あるいは他の組織の管理下に置かれているわけでもなかった。

 1960年以降、M資金を管理してきた人物はすべて自民党とつながりがあり、自
民党による政府支配の継続を望んできた。しかし、こうした人物がいわゆる自民
党そのものの支配下にあったことはなく、M資金を管理する者と党の指導者がま
ったく違う場合も多かった。例えば、田中角栄と彼が指名した人物によるM資金
の管理は1986年まで続いた。田中角栄がロッキード事件の収賄で有罪となり失脚
した後も、彼による管理はずっと続いたことになる。

 1991年、海部首相はM資金の管理についてまったく口を挟まなかった。日本で
最も影響力のある黒幕、竹下登でさえ、1986年にM資金の管理権を握った中曽根
元首相とその指名者から、その権利を奪うことはできなかった。中曽根元首相と
その指名者らは、1991年当時、政府および自民党の主要な立場から退いてすでに
随分たっていたにも関わらず、このM資金はしっかり保持していた。

8 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2006/09/22(金) 18:57:50
 M資金は秘密主義で、かつ政府や組織に管理されていなかったために、人々の
記憶に残る、世界のどんな政府の不祥事さえも些細に感じるほどひどく濫用され
てきた。M資金の濫用は日本に管理が移った当初から起こり始め、ニクソンからM
資金の管理を任された岸が1兆円の財産を自分のものにして以来続いている。M資
金を最も長く管理したのは田中角栄であり、10兆円を個人資産としてスイスのユ
ニオンバンクに預金した。M資金を個人財産として着服した他の例としては、佐
藤栄作夫人(3,000億円)、中曽根派で官房長官を二度務めた後藤田正晴(600
億円)などが挙げられる。

 日本国民および世界はまだ知らされていないが、中曽根管理下のM資金はリク
ルート事件にも関与していた。国民が知っているのは、リクルート事件で動いた
資金は比較的小額で、リクルート社が政府の政策に影響を与えようと、約200人
の政治家に賄賂を贈ったことだけである。竹下首相が辞任に追いやられたのは、
政治献金あるいは竹下氏にとっては合法的な方法で、約150万ドルが竹下と彼の
仲間に渡ったためだった。しかし、こうした出来事の根幹には、リクルート社そ
のものが、実際には中曽根の個人的利益あるいは政治的な目的を満たすためにM
資金によって設立され、資金援助されていたということが挙げられる。

 中曽根が1986年にM資金の管理を任されたとき、リクルート社は情報、広告、
不動産分野でビジネスを行う小規模企業に過ぎなかった。リクルート社の会長江
副浩正は、中曽根の古くからの友人で、支持者でもあった。中曽根の要求で、M
資金からリクルートに対して1.7兆円の銀行融資が提供された。(それに比べ、世
界最大の製鉄会社、新日本製鉄の銀行債務は1.2兆円、リクルートよりも何百倍も
大きい西武百貨店グループの銀行債務は1兆円だった。)リクルートから政治家に
わたった賄賂は、元をただせばM資金だったといえる。

9 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2006/09/22(金) 19:06:15
 M資金は政治がらみの殺人にもつながったと伝えられている。日本の多くの
人々の間では、佐藤栄作元首相は、報道通りの脳溢血ではなく毒殺だったと信じ
られている。噂によれば、佐藤の死は、M資金の管理を巡る田中角栄との対立が
頂点に達した時に起こったという。対立は最終的に決着し、M資金から佐藤の未
亡人に3,000億円の香典が支払われ大きな事件にならずに済んだ。

 最近では、恐らく自殺だと思われていた竹下の秘書、青木氏が、実際はM資金
の秘密保持を願う人々によって暗殺されたといわれている。死亡する数日前、M
資金の運用について詳細を知っていたと思われる青木氏は、次の自分の証言で明
らかになる汚職事件に比べれば、リクルート事件など取るに足りないと数人の友
人に語っていたという。

 一国および国際的な観点から、M資金の濫用による影響は、決して上記の例だ
けでいい尽くせないほど深刻である。政府や組織による制約のない人物が思うま
まに管理しているM資金は、日本が真の民主国家になるのを妨げているといえ
る。今日、日本は、汚職や不正にまみれているものの、40年以上(1991年時
点)にわたり日本を一党支配してきた政党のもと鉄の管理下にあったのも事実で
ある。

10 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2006/09/22(金) 19:06:48
 巨額のM資金があったがため、自民党に対抗できる政党が育たなかったのだ。
日本では、共産党以外、社会党を含むすべての政党がM資金の分け前を手にし、
その施しに依存してきた。自民党に対抗できる政党はなく、M資金が日本の政治
過程を静かに堕落させている限り、それに対抗できるような政党は出現しないで
あろう。

 同様に、日本経済も、M資金の金の力によって人為的に刺激が与えられ、由々
しく歪められてきた。中でも大きな影響といえるのは、地球上どこにも類を見な
い、200億ドル以上の財産を持つ大実業家層を作り出したことである。通常の政
治、経済プロセスを覆すために巨額の富を利用して、実質的に日本という国を動
かしているのは、まさにこうした大実業家である。捜査や追及の手が完全に及ば
ない状況で、佐藤や青木、さらには田中角栄の運転手など目障りな人物を排除で
きるのもこうした財界人である。

 悲しいことに、今日、日本は政治、経済の両面において、かなり全体主義的傾
向を帯びている。全体としてこのように見えるのは、米国政府によって提供され
たM資金が、その資金を管理する者によって、不正に利用されてきたからであ
る。

11 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2006/09/22(金) 19:36:07
>>1
従来、地球の地下には大した生物は存在しないだろうと言われてきたが、
近年の調査で、大深度地下にまで及ぶ巨大な地下生態系の存在が
明らかにされつつある。
個体数の割合で地下生物は全体の95%程度ではないかという研究者もおり、
地上で暮らす生物のほうがむしろ珍しい存在ということになる。

考えてみれば、有害な紫外線が降り注ぎ昼夜の温度差の激しい地上は
地下に比べてとてつもなく厳しい環境だということに気付くだろう。
そこで今後注意しなければならないのは、地球外惑星の生物探査において
地上より地下を重視した調査を行わなければならないということだ。
宇宙において地上生物は例外的な存在だということが分かってきたためだ。

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