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中央集権・最適工業社会の繁栄と限界

1 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:05/02/05 08:00:17
 戦後60年の間、日本は実質的に官僚主導の中央集権体制下にあった。
この仕組みは戦後復興や高度経済成長を達成する上で大きな成果を上げたが、
日本が成熟国家となった今では、画一性と非効率をもたらす重荷になりつつある。
もともとは国家総動員法に基づく戦時体制が戦後も生き残ったものであり、
本来の民主主義からはほど遠い実態である。

 現行憲法が制定された当時の日本は貧しい敗戦国であり、地方自治は
単なる形式にすぎなかった。成熟国家になった今こそ、権限と財源を大胆に
自治体に移譲し、地方分権を通じて地域を活性化させ、地域間競争を促して
日本全体の活力を高めることが必要である。

 現行憲法を貫く民主主義の根本原理は「個人の尊重」「政治の復権」「法の支配」
のはずである。新憲法の制定によってこの三つの原理をあらゆる分野でさらに
深化発展させ、名実ともに真の民主国家となることが「戦後60年」を超えた
日本の課題である。

ttp://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/index20050108MS3M0800P08012005.html



2 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:05/02/05 08:35:45


3 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:05/02/05 08:37:46


4 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:05/02/05 08:40:39


5 :だな〜 ◆DNRj/G0/Mg :05/02/05 08:54:15


6 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:05/02/05 09:31:50


7 :だな〜 ◆DNRj/G0/Mg :05/02/05 11:59:57


8 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:05/02/05 20:15:53
何か難しそうな話だな

9 : ◆EYAdXfgv.Q :05/02/06 19:05:37

/// 講談社文庫 ///////////////

    堺屋太一著 「日本とは何か」 1991年 講談社発行
    講談社文庫

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10 : ◆EYAdXfgv.Q :05/02/06 19:07:14

/// 工業モノカルチャー社会 1 ///////

堺屋太一著 「日本とは何か」 講談社 1991年刊 より

第一章 平成の日本
    「天国」日本の実態 - 工業モノカルチャー社会
        効率の悪い「経済大国」

 ・・・・・経済環境や社会的地位が急激に上昇した場合人間は自己評価の両極分解に
陥りやすい。一つは、済的社会的上昇を成し得た自分の能力に対する過大評価であり、
もうひとつは周囲の扱いや冷たい視線から生まれる自己嫌悪だ。
 この心理が、ときには下品な富の顕示や強引な権力の乱用を招き、ときには過剰な
被害者意識を募らす。それでいて内心では、「みんなに好かれたい」という渇望が
絶えない。いわゆる「成金心理」である。今日、国際社会における日本には、これに
似た心理があることは否定できないだろう。

//////////////// 堺屋太一著 ///






11 : ◆EYAdXfgv.Q :05/02/07 20:30:21

/// 工業モノカルチャー社会 2 ///////

 日本の自己過大評価は、行政機関や一部の産業界、言論人によって組織的に
宣伝され、広く日本人自身が信じ込むようになった「偉大な経済大国・日本」の
自己イメージであり、「勤勉で有能で規律正しい日本人」の自画像である。そして
それを裏づける統計数値や評価尺度が、官僚機構から発表され、マスコミ等を
通じて流され、一部言論人によって増幅されている。
 たとえば、最初に並べた「経済大国」を示す諸数字だが、これ自体は正確であり
何の作為も含まれていない。しかし、このことから日本は「経済効率のよい国」、
「世界に広めるべき優れた経済体制をつくり上げた社会」という印象まで植えつけた
のには、数値の選択と報道の仕方に依存するところが少なくない。

////////////// 「日本とは何か」 ///








12 :だな〜 ◆DNRj/G0/Mg :05/02/07 22:32:05
柔煮

13 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:05/02/07 22:41:25
充酸

>>12
キャラ違う。(藁


14 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:05/02/07 22:41:29
もう、物ばっかりアホみたいに作ってもしゃーないわ。

15 :だな〜 ◆DNRj/G0/Mg :05/02/07 22:44:55
銃後

16 :だな〜 ◆DNRj/G0/Mg :05/02/07 22:48:54
寿宇魯狗

>>13
>>1をさらし続けているんだから形式を崩してはダメだな〜。

17 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:05/02/08 00:20:37
町内会やPTAの役員のなり手すら少ないのに
地方自治なんて百年早い・・・

18 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:05/02/08 00:21:58
隣は何をする人ぞ

19 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:05/02/08 00:30:04
>>1
まず隗より始めよ

全国紙の廃止を提言する。
「日本」経済新聞は廃止し、道州別に経済新聞を発刊せよ!

20 :19:05/02/08 00:34:17
他の業界には社説で散々競争煽っておいて
新聞業界だけ談合価格じゃ説得力ないねw

21 : ◆EYAdXfgv.Q :05/02/08 20:23:16

/// 工業モノカルチャー社会 3 /////////

 今日、自動車や電気製品などに代表される規格大量生産型工業の分野では、
日本製品がきわめて強い国際競争力を持っているのは事実だ。価格が安いだけ
ではなく、製品の品質も優秀だし納期も確実だ。不良品の率はきわめて低く故障の
回数も少ない。二十年前までは日本の工業製品は、もっばら価格の安さで世界に
売り込んでいたため、低賃金だのダンピングだのといった非難が激しかったが、
いまではそんないいがかりをつけられることは滅多にない。何しろ日本の工場は、
極度に合理化されハイテクで管理されているため、製品はすべて自動的に高級化
してしまう。この国では、家庭用ドアの滑車に使うボールベアリングまで、宇宙ロケット用と
同じ超精度の良質品が使われている。ミクロン単位の精度の自動制御工作機械を
設置した工場では、そんな製品ばかりが安価に大量に生産されるのである。

////////////////////// 1991年刊 ///





22 : ◆EYAdXfgv.Q :05/02/09 20:12:23

/// 工業モノカルチャー社会 4 /////////

 こうしたことは、工業の各分野で見られ、そしてそれが「日本の経済力と技術力は
世界一」という自負を生み、「日本こそ効率のよい優れた社会」という自己評価を
定着させている。
 しかし、それは日本の一面に過ぎない。もう一度、元に戻って日本の全体像を
見ると、また違った「実態」が見えてくる。
 現在の為替レートで換算した一人当たり国民総生産では、日本は世界第一流の
高さだが、それぞれの国の生活費などを加味した「実質国民総生産」で見ると、
日本と旧西ドイツとアメリカとはほぼ同じだ。日本銀行の国際比較統計などでは、
日本よりも旧西ドイツやアメリカのほうがわずかながら高く、イギリスやフランスは
やや低いといった数値になっている。為替換算よりもずっと差は少ないのである。

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23 : ◆EYAdXfgv.Q :05/02/10 19:15:48

/// 工業モノカルチャー社会 5 ///////

 ところが、一九九一年九月の日本生産性本部の調査によれば、勤労者一人当たりの
生産性は、日本は主要先進国のなかではスウェーデンに次いで二番目に低い。
この国の就業率は四九パーセント、先進諸国のなかでも断然高いのだ。
 しかし、日本の労働時間は一九九〇年で年間二千四十四時間、アメリカに比べて
一割、イギリス、フランスより二割、旧西ドイツと比べれば何と三割以上も長い。長い
時間働いているのに、勤労者一人当たりの生産性はいたって低いのである。
 通勤などに費やされる時間を加えた労働拘束時間で見ると、この差はさらに大きく、
日米の差は二割、日独では四割以上にもなる。大雑把にいえば、日本人が一年
かかって行う生産を、同じ時間ずつ働けば西ドイツ人は八ヵ月、アメリカ人は十ヵ月で
仕上げる勘定だ。

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24 : ◆EYAdXfgv.Q :05/02/11 09:03:55

/// 工業モノカルチャー社会 6 //////

 このため、勤労者が自由に使える「可処分時間」は、ドイツ人のほうが日本人よりも
三倍も多い。とくに東京都市圏では通勤時間の延長で、一般勤労者の「可処分時間」は
極端に少なく、七〇年代から八〇年代にかけての十年間に、睡眠時間さえ十八分も
減少している。
 日本が一人当たり国民総生産が多いのは、この国の社会と企業が効率的だから
ではなく、大勢が長時間働いているからに過ぎない。文学的な誇張を交えていえば、
「日本人はみんなが夜も眠らないで働いて、やっと欧米並みの生産を上げている」
のである。

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25 : ◆EYAdXfgv.Q :05/02/12 18:59:00

/// 工業モノカルチャー社会 7 //////

        巨大な無駄を生む日本の体制

 日本は技術水準の高い国だといわれる。ファクトリー・オートメーションは断然
世界一だし、オフィス・オートメーションも世界一流だ。いまでは各家庭にまで
ファクシミリが入り、中学生がファミコンを操り、主婦がワード・プロセッサーを
叩いて手紙を書く。生産面での技術ばかりでなく、日常生活での電子技術の
普及も著しい。
 日本は経済以外に資金と労働力を費やさない国である。防衛費はGNPの一パーセント、
アメリカの六分の一、西欧諸国の四分の一以下だ。軍務に服する人の数も全就業者の
○.三九パーセント、欧米に比べて全国民に占める比率は二分の一から五分の一に
過ぎない。宗教関係の支出も人員も少ない。この国では僧侶も神官も大半が副業
として行われており、宗教が経済活動に支障をきたすことはごく少ない。

///////////////// 堺屋太一著 ///




26 : ◆EYAdXfgv.Q :05/02/13 17:57:11

/// 工業モノカルチャー社会 8 /////

そのうえ、ボランティア活動も低調で、それによって企業の運営が妨げられることもない。
要するに日本は、防衛も宗教も顧みず、ただひたすらに経済のために資金と人材を
集中しているのである。
 また日本は、労働の質のよい国だ、ともいわれている。教育が普及しているのは
前述の通りだが、それぞれの生徒学生も、じつにまじめだ。それだけに平均的な
勤労者の技能と知識は、欧米先進国に比べてもかなり高いといわれている。
そのうえ、圧倒的多数の勤労者は、哀しいまでの責任感と組織忠誠心を持っており、
欠勤も労働争議もきわめて少ない。

////////////// 「日本とは何か」 ///






27 : ◆EYAdXfgv.Q :05/02/14 19:28:44

/// 工業モノカルチャー社会 9 //////

 加えて現在の日本は、「世界史上空前」といわれるほどに有利な人口構造に
なっている。六十五歳以上の高齢者の比率こそ一二.五パーセントと上昇した
(一九九一年)が、それ以上の速度で十四歳未満の年少者が減少したため、
労働適齢人口が全体の六九.六パーセントを占めるに至った。高齢者率の高い
西欧諸国や子供の多いアメリカに比べて、国民一人当たリの生産効率を高める
には有利な状況である。
 今日の日本は技術が優れ労働の質がよく、国民全体がよく教育され、近代機器に
親しんでいる。経済以外にはお金も人も使わず、大勢の人々が働き盛りの年齢で
実際にも就業しているといるという、このうえもなく恵まれた条件にある。それにも
かかわらず、労働拘束時間当たりの実質生産額でいえばアメリカや旧西ドイツより
はるかに低い。フランス、イギリス、スペインよりも下なのである。これはいったい
どういうことだろうか。

/////////////////// 1991年刊 ///




28 : ◆EYAdXfgv.Q :05/02/15 20:00:42

/// 工業モノカルチャー社会 10 ///

 一方では、日本の工業製品は、高度に自動化された工場で忠誠心あふれる
勤労者によってつくられるため、コストも安く品質もよいといわれながら、国全体
として見れば、これほどまでに効率が悪いのは何故か。それは、この国の工場は
効率的であっても、それ以外の面に巨大な無駄があるからに違いない。
 実際、日本は工業製品の国際競争力の強さとは裏腹に、その他の分野は著しく
コストが高い。日本の農業の規模の小ささと生産性の低さは、すでによく知られている。
農業所得のうちで価格保証と政府補助に依存する部分が七五パーセントにも
達しているのだ。

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29 :とーほくの資産家:05/02/15 20:42:31
なんでも鑑定団がアメリカ取材で「オモチャマニア」を訪問して
いましたが、彼らは「日本製のコピー製品の方が、オリジナルより
性能が良いので2倍くらい値が高い」と言っていました。
マイセンの陶磁器のパトロンはザクセン公ですが「柿右衛門ファン」で
日本館を作ったそうです。
李登輝氏(男塾長)は「日本精神」を尊重していました。
今後は「日本の残虐性・ロリコン」が世界を巻き込むのでしょうか。

30 : ◆EYAdXfgv.Q :05/02/16 19:08:10

/// 工業モノカルチャー社会 11 ////////

 流通業もまた非効率だ。「アメりカでは二人がつくった自動車を一人が売っているが、
日本では一人がつくった車を二人が売っている」といわれるように、日本の流通業は
きわめて無駄が多い。工業製品の工場蔵出し価格と末端小売価格を比べると、
アメリカは一.七倍、西欧諸国も二倍以下なのに、日本だけは三.○倍だという
調査結果もある。同じ値段のものを売るのに、日本は欧米の二、三倍も費用が
かかるのである。
 もっとも、日本の流通業とりわけ小売業におけるサービスの質が高いことも無視
できない。日本の小売業は営業時間も長いし、品切れも少ない。配達も無料なら
アフターサービスも徹底している。何より誇るべき点は包装のよさで、包み紙や
容器の豪華さは「断然」を三度くり返したくなるほど諸外国を上回っている。日本の
消費者は、概してそうした高級な流通サービスを求めているのである。
 しかし、この点を加味したとしても、なお日本の流通業が不合理非能率を多く
抱えていることは否定できないだろう。

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31 : ◆EYAdXfgv.Q :05/02/17 20:02:55

/// 工業モノカルチャー社会 12 ////////

 飲食店やホテルなどのサービスも割高だ。ニューヨークやパリで最高級のディナーを
食べても三百ドルになることはないが、赤坂や新橋の料亭なら千ドルも珍しくない。
銀座や北新地のクラブは水割数杯で三百ドルを請求する。そしてそこにサラリーマンが
大勢通っている。企業交際費という独特の制度が、個人消費とはかけ離れた高価な
サービスヘの需要を生み出しているからだ。
 金融や情報関係のコストも諸外国より高い。損失補損の発覚で明らかになったように、
日本の証券取引の手数料は欧米に比べて平均して二倍ほどもかかる。加えて最近
目立つのは調査企画、デザイン、編集テレビ番組づくりなど、いわゆる「知恵の値打ち
(知価)」のコスト高だ。土地価格のべら棒に高い東京のオフィスに、大勢が寄り集まって
議論と親睦を積み重ねなければ、何事も進まないシステムになっているからである。

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32 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:05/02/18 10:36:35
>企業交際費という独特の制度が、個人消費とはかけ離れた高価な
>サービスヘの需要を生み出しているからだ。

小金持ちのサラリーマンがちょっと贅沢するのと、大富豪がジェット機乗り回して
パーティーに行くのと、はたしてどちらが健全なのか?

33 : ◆EYAdXfgv.Q :05/02/18 19:18:00

/// 工業モノカルチャー社会 13 ///

 要するに日本は、「経済大国」とはいうものの、本当に量質ともに誇り得るほどの
生産力と競争力を持っているのは製造工業、それも自動車や電気製品に代表
される規格大量生産型の工業製品だけである。日本の実態は、経済活動全般が
優れた「経済大国」ではなく、多くの面で非効率と無駄を抱えながらも、規格大量
生産型の工業だけがとび抜けて発展した「規格大量生産大国」なのである。

////////////// 堺屋太一著 ///





34 : ◆EYAdXfgv.Q :05/02/20 18:50:10

/// 工業モノカルチャー社会 14 ////

        「歪な繁栄」を生んだ「最適工業社会」

 世界を圧する生産量と競争力を誇る規格大量生産型工業と、非効率と無駄を抱える
流通・情報・知価創造 ― この極度の不均衡こそ、今日の日本を解く鍵といってよい。
前者を重視すれば、日本は世界に冠たる「経済大国」、人類の模範ともいえる「天国に
最も近い国」だが、後者のほうを主に見れば、日本は非効率で楽しみのない社会、
「豊かさの実感できない国」である。

///////////// 「日本とは何か」 ///






35 : ◆EYAdXfgv.Q :05/02/22 21:22:03

/// 工業モノカルチャー社会 15 ////

 また、企業規模などの点から、この落差を説明することも難しい。概していえば、
流通業には中小零細規模の事業所が多く、それを保護しようとする「大規模小売
店舗規制法」等の存在が流通合理化を妨げているのは、ある程度事実だろう。しかし、
それがすべての原因とは考え難いし、非効率が小売業にだけあるわけでもない。
規制の少ない卸売でも不可解なまでの迂回とコスト高が存在する。金融業や
情報産業の規模は諸外国に優るとも劣らぬものになっているし、知価創造分野にも
少なからぬ数の大企業がある。それにもかかわらず、いやむしろそれ故にこそ、
日本のコストは割高になっているのである。

////////////////// 1991年刊 ///





36 : ◆EYAdXfgv.Q :05/02/24 19:19:42

/// 工業モノカルチャー社会 16 /////

 要するに、この国では、同じような水準の人材が、同じような原理で組織された
企業体によって、同じように熱心かつ勤勉に働いているにもかかわらず、
規格大量生産型の製造工業は世界を圧するほどの生産力と競争力を持ち、
流通業や情報産業などはひどく非効率な状況にあるわけだ。この大きな落差は
何故か。一言にしていえば、日本社会全般に広まっているすべてのものが、
規格大量生産型の製造業には適しているが、それ以外の産業や社会活動には
適していない、ということである。
 実際、日本の政治行政は、規格大量生産の普及拡大のために多大の努力を
払っている。
 たとえば、工業製品には行政によって「JISマーク」なるものが制定されており、
ネジやビスから鋼材や電気製品にまでそれに適合するよう求められる。建築基準法も
消防法もきわめて厳格で、建物のデザインも内部空間もこれによって著しく限定される。

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37 : ◆EYAdXfgv.Q :05/02/26 20:19:23

/// 工業モノカルチャー社会 17 ///////

「建物を設計するのは建築家ではなくて、建築基準法だ」といわれるほどだ。道路基準、
公園基準、電気施設基準などの厳重さはいうまでもない。そのうえ、それぞれの
施設運営についても、道路交通法や公園管理規則などがあリ、自由な使用はほとんど
認められていない。日本の都市には公園が少ないといわれるが、その少ない公園が
ますます使い難くされているのだ。人間に対する医療でさえも「標準医療」によって
規格化され、差額ベッドは罪悪視されている。
 こうした各種の商品や施設・サービスの規格基準化は、商品サービスの種類を少な
くし、消費者の選択の自由を狭めるが、規格大量生産には有利な環境をつくり出す。
八○年代からはじまった商品やサービスの多様化が、容器の色や形を多様化する、
「目先を変える」小手先仕事にならざるを得なかったのはこのためである。

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38 : ◆EYAdXfgv.Q :05/02/28 20:05:03

/// 工業モノカルチャー社会 18 ///

        教育も情報も規格化

 教育に対する官僚統制も徹底している。この国では、昭和十六年の「国民学校令」
以来半世紀にわたって、初等教育においては私立学校の新設を事実上禁止する
「初等教育公立主義」が採られている。そしてその公立学校においては、一通学区域
一学校の「強制入学制度」が厳格に実行されている。このため、教育の需要者たる
生徒と父兄の側には学校選択の余地がない。日本の子供たちは、自分の好みも
個性も無視され、官僚の定めた学校に強制的に入学させられるのである。

////////////// 堺屋太一著 ///






39 : ◆EYAdXfgv.Q :05/03/02 19:43:18

/// 工業モノカルチャー社会 19 //////////

 そのうえ、こうして強制入学させられた学校では、官僚の定めた教科が機械的に
教え込まれ、年月とともに押し出される。しかもそこでは、官僚の定めた指導要綱
によって、不出来な科目ほど長く厳しく教え込む「欠点除去型」の教育が徹底されて
いる。恐ろしいことに最近では、それでもまだいささかの好みと個性を発揮する
「悪質な生徒」がいるというので、服装・髪型から挙手歩行の姿勢に至るまでを
共通化する「校則」なるものがつくられ、その厳守が強制されている。校則とは、
生徒にわずかな個性と自己表現をも許さぬ管理規制なのだ。
 こうした画一化教育は、学校生活から楽しさをなくし、生徒の創造力と個性を
破壊するが、その半面では、共通の知識と技能を付与し、苦痛に満ちた時間に
耐える習慣を叩き込む点では効果を発揮する。そしてそれは、規格大量生産の
現場で働くのにふさわしい労働力の養成にはじつに効率的である。

/////////////////// 「日本とは何か」 ///







40 : ◆EYAdXfgv.Q :05/03/04 19:41:02

/// 工業モノカルチャー社会 20 ///

 さらに、この国では各種産業団体や職能者の団体が、官僚の主導のもとにつくられ、
その本部を東京に置き、事務局長や専務理事に役人OBを採用する慣例ができ上がって
いる。これらの産業別職能別団体が、直接的にも事務局内の官僚OBを通じても、
官僚機構の指導を徹底させる機能を果たしている。このことは企業や職業人の競争を
抑制し、消費者物価をつり上げる結果にもなるが、半面、工業製品の規格化を徹底し、
産業界や各種業界の過当競争を防止するのにも役立っている。
 また、放送や書籍の流通を、東京一極に集中させる制度も半世紀間つづいている。
これによって日本全国の情報環境は均一化し、地方の特色と誇りは失われて
しまったが、同一規格の商品やサービスが全国で販売使用しやすい統一市場を
つくり上げたことも見逃せない。

/////////////// 1991年刊 ///





41 : ◆EYAdXfgv.Q :05/03/06 18:12:10

/// 工業モノカルチャー社会 21 ////////

 加えて日本では、「行政指導」の名のもとに、法律によって付与されている以上の
行政介入を、官僚たちが無制限に行うことも容認されている。官僚たちは、企業や
地方自治体を従わせるためなら、目的や趣旨のまったく異なる権限を利用することも
はばからない。
 たとえば、薬局の出店開設を制限することは、憲法で認められた「職業選択の自由」
に反するとの最高裁判所判例があるにもかかわらず、製薬会社に対して薬の卸売を
しないように指導することで、官僚が好ましくないと考える薬局の新設を妨げている。
もし製薬会社がこの指導に従わなければ、当該製薬会社の新薬は何十年も許可
されない恐れがあるのだ。

////////////////////// 1991年刊 ///




42 : ◆EYAdXfgv.Q :05/03/08 20:33:43

/// 工業モノカルチャー社会 22 ////////

 一九九一年夏に発覚した証券業界における大口投資家への損失補填も、こうした
環境のなかで起こった事件だ。日本の証券業界は、大蔵省の免許制によって競争が
制限され、大蔵省の定めた高率の手数料を得ることができる。これによって膨大な
利益が保証された証券会社は、有利な大口取引を勧誘するために、損失補填という
条件を持ち出した。結果としては、一般投資家の犠牲によって、特定の企業が利益を
得ていたことになるだろう。
 こうした行政指導は、多くの場合、産業界の競争を抑制し、消費者価格をつり上げ、
供給者を保護する効果を上げる。したがってそれは、企業の資本蓄積を厚くし、
先行投資と技術改革に役立っている、といえる。

///////////////////// 講談社文庫 ///




43 : ◆EYAdXfgv.Q :05/03/10 19:43:57

/// 工業モノカルチャー社会 23 ////////

 要するに今日の日本は、官僚の主導のもとに供給者が業界ごとに協調して競争を
抑制し、規格大量生産を拡大発展させるのに有利な社会体制をつくり上げているのだ。
昭和十六年以来半世紀にわたって、こうした「官僚主導型業界協調体制(官導体制)」
をつづけてきた結果、日本では消費者の選択の自由は狭くなったし、消費者物価も
上昇した。生徒が個性と独創性を伸ばすことも、地域が特色を出すことも難しくなった。
さまざまな情報に接することも、自由に営業することもでき難い。その代わりに、
規格大量生産型の工業には最も適した社会を形成することはできたのである。
 今日の日本は、そのようにしてつくられた「最適工業社会」、いわば「工業
モノカルチャー国家」なのだ。自動車や電気製品に代表される規格大量生産型の
工業において、日本が量質ともに優れた能力を誇っているのは、その結果であり、
規格大量生産型工業以外の分野に多くの非効率と無駄を抱えているのもまた、
このためである。

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44 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:05/03/12 17:06:19
>>43
>生徒が個性と独創性を伸ばすことも、地域が特色を出すことも難しくなった。

人間の個性はいくら押さえても無くならない、もし無くなるのならそれは、
ほんとの個性ではない

地域の特色もそうだ、地方へ行って駅前や繁華街を歩いただけじゃ、地域の特色なんぞ
判らない。

日本農業は確かに問題があるだろう、しかしこれは朝鮮などと同じく
土地の制約から来ている、アメリカの様に先住民から奪った広大な土地は
などは無いからだ、従って日本は工業国として生きてゆく以外は選択肢はない

効率の点から言えば効率一本槍もドライ過ぎると非難され、又有る分野は
非効率と言われる。しかし社会はそれでバランスを保っている限り良いのだ
60年前12才の3等国と言われながら、今日の日本を築いてきたのだ
いたずらに欧米諸国と比較しても意味が無い。

戦後半世紀発展目覚ましいとは言いながら、中国はここに至ってやっとテイクオフ
したが社会の状況は、とても先進国とは言えまい、奥地では今だに脱糞のあと
拭く紙もなく糞ベラでしごいていると言うし、北朝鮮に至っては餓死者まで
出ていると言うではないか、又自分の生まれた国を生存のため見限って
脱出する者、したい者も多いと聞く、日本の陰の部分を強調するのも良いが
総合的に視れば日本は我々にとって実に良い国だ。
重箱の隅をせせる様な議論は無用。

45 : ◆EYAdXfgv.Q :05/03/12 18:46:07

/// 工業モノカルチャー社会 24 //////////////

        日本式経営の利点と欠点

 今日、日本人が自慢としている多くの特色は、この「最適工業社会」において
養われたものだ。したがって、日本が誇りとする「優れた特長」は、「規格大量生産型の
工業に適している」という意味に他ならない。たとえば、いまや多くの日本人が
「世界に広めるべき日本文化」とさえいっている「日本式経営」なるものも、
その典型である。
 「日本式経営」の特色は、次の三点に集約できるだろう。第一に終身雇用制と
年功序列賃金体系と企業内組合の三つを柱とする閉鎖的な労使慣行、第二は
決定権の下部分散と事前根回しに象徴される集団主義、第三は極端に低い
配当性向と極端に多い交際費が示している企業の従業員共同体化である。

//////////////// 講談社より絶賛発売中! ///





46 : ◆EYAdXfgv.Q :05/03/12 20:09:55

/// 強化の一世紀 67 //////////////////

        理由のある恐怖

 異説的な政治思想や慣習に反する行動を恐れるのは、現行の力関係の秩序の
脆さを強く感じるゆえである。これは驚きでない。一貫して固く守られ安心感を
もたらす法的な枠組みがなく、その時その場かぎりの政治的便宜を超越する
確実性もないとなれば、社会・政治的な秩序を持続させる道は力関係だけとなる。
日本の支配エリートには、西洋の支配エリート以上に無秩序を恐れる理由がある。

//////////////////// 篠原 勝 (翻訳) ///







47 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:05/03/14 11:18:34
昨夕からTVでしきりにアメリカで起こった、判事ら殺害事件が報じられている
犯人は社会全体に恨みと復讐心を持つとコメントが有った。
日本でも10年以前にオウム事件があったが。類似の大小の事件は世界何処に出もある
外国と比較して偏った視点から日本を論評するのはうんざりだ。どうしろと言うのだ

君は日本人じゃ無いだろう? 朝鮮人とみるがどうかね?
朝鮮人だったら朝鮮の心配をしろ

以下レスの末尾に付けた尻尾は何の為に付けたのだ意味不明、権威付けの為か?

////////////////////// 1991年刊 ///
///////////////////// 講談社文庫 ///
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//////////////////// 篠原 勝 (翻訳) ///
////////////////// 1991年刊 ///
/////////////////// 「日本とは何か」 ///

君のレスの狙いは何処にある、他人の論評を羅列して何の意味があるのだ。

48 : ◆EYAdXfgv.Q :05/03/14 19:10:06


/// 工業モノカルチャー社会 25 ///////////

この三つは相互に関連がある。終身雇用的労使慣行があるために企業は
従業員共同体化し、共同体であるが故に権限は下位に分散する集団主義になる。
そしてその結果、従業員は共同体から離れ難くなり、終身雇用にしがみつく
わけである。
 こうした「日本式経営」は、従業員の企業忠誠心を強めるとともに、企業の内部留保を
厚くし、先行投資を活発にする。同時に、下位者に至るまで決定権が分散しているため、
企業としての意思決定に時間がかかるが、いったん社内合意が生まれれば
浸透力が強く全従業員の協力が得られやすい。日本の企業が成長力が高く、
労働争議が少なく、しばしば全社一丸となって技術革新や経営強化に励めるのは
このためだ。そして、そんな企業の集積こそが、日本経済全体の成長力となり
生産力となり国際競争力となっているのである。

////////////////////// 堺屋太一著 ///





49 : ◆EYAdXfgv.Q :05/03/16 19:39:11

/// 工業モノカルチャー社会 26 ////////

 以上のような事実を見れば、日本の経営者や官僚や評論家が、「日本式経営こそ、
世界に広めるべき日本文化」と鼻をうごめかすのもうなずけなくもない。しかし、
同じ「日本式経営」で行われている流通や情報や知価創造が、諸外国に比べて
著しく割高である事実も見逃してはならない。
 終身雇用制では過剰雇用(社内失業)を招きやすく、決定権が下位に分散した
集団主義では意思決定が遅く、配当性向を低くする共同体化した企業では仲間擁護
になり経費負担が大きい。操業率が比較的安定している製造業では有利な終身雇用が、
変動の大きい情報や知価創造では不利になる。規格大量生産では利点の多い
集団主義が、創造と決断の機会の多い流通情報では欠点になる。そして投資の多い
製造業では優位を得る共同体化が、流通情報では交際費の多い利権体質となって
経費をかさませるのである。

///////////////// 「日本とは何か」 ///







50 : ◆EYAdXfgv.Q :05/03/18 19:40:02

/// 工業モノカルチャー社会 27 //////

 「日本式経営」なるものは、企業規模が拡大する成長過程で、意思決定の機会の
少ない規格大量生産型工業が、内部志向的発想に徹している場合にのみ、大きな
利点を発揮する経営方式なのだ。これが低成長(または縮小傾向)の企業に適用
されると、たちまちにして過剰雇用になる。かつての国鉄や現在の農林関係団体は
その典型だ。また、意思決定の回数の多い多種少量生産型産業で実行されると、
やたらとコストと時間がかかる。日本の情報産業や知価創造が非常に高価なのは
このためだ。そしてそれが外国と接触すればさまざまな摩擦を呼び、ときとして
倫理的非難も浴びる。この国での談合体質はその現れである。

/////////////////// 1991年刊 ///




51 : ◆EYAdXfgv.Q :05/03/20 20:05:40

/// 講談社文庫 ///////////////

    堺屋太一著 「日本とは何か」 1991年 講談社発行
    講談社文庫

http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi/3e3b1af5af17e01031ae?aid=&bibid=01047403&volno=0000
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061855948/qid=1044798070/sr=1-2/ref=sr_1_0_2/249-0943028-6665127
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?W-NIPS=9940084056
http://books.rakuten.co.jp/RBOOKS/0000497890/
http://www.7andy.jp/books/detail?accd=18956766

///////////// 堺屋太一著 ///




52 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/03/22(火) 19:28:51

/// 工業モノカルチャー社会 28 /////

        限りなく均質化する内志向

 十年前、一九八〇年代のはじめには、欧米でもアジア諸国でも、「日本式経営」が
高く評価されたことがある。世界経済を混乱に陥れた二度の石油危機を乗り切って
経済を安定させ、いち早くエレクトロニクス技術を導入して世界の工業をリードする
ようになった日本経済の成功に注目した外国人のなかには、その基礎としての
「日本式経営」に着目、これを「人間資本主義(人本主義)」と呼んだ学者もいる。
 「日本式経営は、国民経済に発展をもたらし、社会全般に技術革新を広め、企業を
成長させ、従業員を安心させる素晴らしい方式だ。ここでは人間こそ企業の資産
という考えがあり、長期計画で人材の育成と技術の習得が行われている」などと
いわれたものだ。マレーシアでは「ルック・イースト」が唱えられ、国民に日本や
韓国の企業経営のよさと勤労者の勤勉を見習うよう呼びかけられたほどである。

////////////////// 講談社文庫 ///




53 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/03/24(木) 19:40:12

/// 工業モノカルチャー社会 29 //////

 しかし、八○年代も末になると、こうした「日本式経営」に対する賛美は影を潜め、
むしろ批判のほうが強まってきた。九〇年代初頭のいまは、欧米でもアジア諸国でも、
「日本式経営」の閉鎖性に対する非難のほうがはるかに強い。
 それは単に、日本経済が一段と発展し、日本の企業がアメリカの映画会社や
不動産を大量に買収しているためとか、アジアにおける存在感過剰とかいったこと
だけではない。より本質的には「日本式経営」がよりよく知られるようになった結果、
それが規格大量生産型工業以外では非効率的であり、企業規模の拡大を前提と
しなければ成り立たないことが明確になったためだ。

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54 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/03/26(土) 19:36:43

/// 工業モノカルチャー社会 30 ///////////

 実際、終身雇用的労使慣行と集団主義と共同体化を特色とする「日本式経営」の
なかでは、すべての従業員は共通の倫理と美意識を持つことが強いられる。誰もが
自分の勤める企業の発展こそが「社会正義」と考え、職場で与えられた仕事の
完成成就が「社会的目的」と信じて疑わない。「会社のため」とさえいえば、相手の
予定を無視することも、法規に違反することも、すべて容認されると思っている。
「仕事だから」とことわれば、親類の葬祭も家族との約束も、全部免除されると
信じている。いや、そう考えなければ「よき従業員」と認められない仕組みと雰囲気が
「日本式経営」にはつきまとっている。

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55 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/03/28(月) 21:06:58

/// 工業モノカルチャー社会 31 ////////

 このため、日本人の目はつねに職場共同体の内部へと志向し、価値基準は
職場共同体の利害によって測られてしまう。このことは、個人の個性や創造力を
麻痺させるだけではなく、職場共同体の価値基準に従わない者を排除すること
にもなる。つまり「日本式経営」のなかで「よき従業員」であるためには、思想の
自由と家族や地域社会への帰属意識を放棄し、職場共同体にのみ従順な
「職場単属人間」でなければならないのだ。
 企業にとっては、従業員が強い忠誠心と帰属意識を持つことは、経営上有利で
あろう。だが、各企業の従業員が、自分の帰属する企業の利益のみを「正義」と
信じることは、社会的負担を大きくし、国際摩擦を激しくする。「日本式経営」の
成果の一つとされてきた「カンバン方式」が、道路などの公共負担を大きくするとして、
さすがの通産省さえ規制に乗り出さざるを得なくなったのは、いかにも象徴的な
出来事である。

/////////////////// 堺屋太一著 ///





56 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/03/30(水) 19:43:45

/// 工業モノカルチャー社会 32 /////////////

        「省益あって国益なし」の官僚共同体

 しかし、民間企業の場合はまだしも許容できる範囲があるが、それが官公庁になると、
はるかに深刻な問題を生む。日本の官僚たちが忠誠心を持つのは、その官僚が
終身雇用的に帰属するそれぞれの省庁であって、日本国または日本政府ではない。
 日本の官僚は、自分の属する省庁の利益、とりわけその権限の拡大と慣例の厳守に
こそ情熱を燃やす。権限と慣例こそは官公庁の資本、それぞれの省庁の組織を拡大し
予算を増大する基本要素である。官僚が自分の官公庁に忠誠とは、それぞれの省庁の
権限拡大と慣例擁護に熱心だという意味である。
 そしてその結果は、官僚の目は必然的にその所管業種に集中し、発想は所管業種の
保護育成に向かう。所管業種を保護育成し、規模の拡大と官庁依存を強化すれば、
おのずからその官庁の権限が拡大し、慣例は厳守されるからである。

////////////////////// 「日本とは何か」 ///






57 : ◆EYAdXfgv.Q :皇紀2665/04/01(金) 22:03:11

/// 工業モノカルチャー社会 33 /////////

 「日本の官僚は優秀だ」とよくいわれる。仕事の熱心さと専門分野での知識の深さ
では、おそらく世界一だろう。しかし、彼らの視野はそれぞれの省庁とその所管業種の
枠を出ることがない。彼らの価値基準には、省庁とそれに帰属している官僚共同体の
利益以外の尺度は入り得ない。このため、各官庁の政策や行政が日本国または
日本社会全体に有利か不利かを考える余裕などまったくないし、あってはならない。
 官僚が自己の属する省庁の権限と慣例に忠実であり、所管業種の利益を図るのは、
ある意味では当然のことだ。しかし、そればかりが重視されると、国家としての
基本方針も立たないし、政治行政としての総合調整に服することができない。

////////////////////// 1991年刊 ///





58 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:皇紀2665/04/01(金) 23:54:20
道州制を実現させよう

59 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/04/03(日) 18:49:24

/// 工業モノカルチャー社会 34 ////////////////

 本来、国家の基本方針の策定と政策の総合調整は政治の仕事だ。しかし、
政治家が大所高所からの調整機能を発揮しようとすれば、官僚機構は「外音勢力
による権限と慣例の破壊」と見なして強く反発する。そのことが、官僚たちと結合した
マスコミによって支援されるこの国で、各省大臣や国会の各委員長の手腕も、
それぞれの関係する省庁の官僚たちの意向をどれだけ忠実に押し通し得たかによって
決める、という評価基準を確立してしまった。そしてその意味での「よき政治家」には、
各省官僚の熱心な支援が約束され、各省所管の業界からの助力が期待できるのである。

/////////////////////////// 講談社文庫 ///






60 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/04/05(火) 23:16:12

/// 工業モノカルチャー社会 35 //////////////

 このため、個々の官僚はきわめて熱心であり専門的知識に長けているにもかかわらず、
全体としての日本の行政はきわめて非能率であり、不整合でもある。一つの官庁が
ある方向への施策を打ち出すと、他の官庁はその独走を恐れて対抗案を出す。
各官庁間の権限範囲が複雑に入り組んでいるため、一つの官庁が新しい政策を
展開することで権限範囲を拡げるのを、他の官庁は警戒し妨害する。今日、国際問題に
関する日本の対応の遅さがしばしば問題になるが、その主たる原因も官庁間の
調整に手間取るためだ。 官僚としての優劣が、国家または国民の総合的利益を
実現する判断の正確さと実行の迅速さによって測られるとすれば、日本の官僚は
けっして優秀とはいえないだろう。

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61 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/04/08(金) 19:49:19

/// 工業モノカルチャー社会 36 ///////////

        官僚と教師のための教育制度

 日本で「優秀」と信じられているもののなかには、「日本式経営」や「日本的官僚」の
ように、日本的尺度 ― つまり規格大量生産の拡大発展こそ正義とする尺度 ― に
おいてのみ「優秀」なものが少なくない。日本が世界に誇る学校教育もまた、その
一つである。
 今日、日本の学校教育に対してはさまざまな批判がある。とくに生徒の暴力事件や
教師の不祥事が露見したときにはそれが高まる。しかし全体としては「日本の初等
教育は優秀だ」との見方はいまだに根強い。「日本の教育は上に行くほど悪くなる。
小・中学校は規律も正しいし、成績も優秀だが、大学生は勉強もしないし個性もない。
独創的な学説や研究が大学から発表されることも少ない」というのが大方の評価だろう。

/////////////////////// 堺屋太一著 ///






62 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/04/10(日) 18:41:20

/// 工業モノカルチャー社会 37 //////

 日本の大学が欧米に比べて創造的な研究が乏しいのは、おそらく事実だろう。だが、
小・中学校が優秀だというのは疑わしい。教育学者や文部官僚が挙げるその根拠は三つ、
就学率の高さと、教室での規律の正しさと、数学や理科・地理の試験結果が諸外国に
比べてよいことだ。しかし、これで日本の初等教育が優れていると結論できるだろうか。
 就学率の高さは、学校教育の内容や制度のよさによるのではなく、日本の伝統である。
明治維新の年(一八六八年)、日本ではすでに成人男子の四〇パーセント、女子の二五
パーセントが寺子屋等の教育機関に通った経験を持ち、読み書きソロバンができた。
同じ年、世界で最も進んだ工業国であったイギリスでも、教育機関に通った経験者は
男子の二五パーセントに過ぎなかった。その当時、女子の入学を認める学校はヨーロッパには
なかったのである。このことを考えれば、豊かで子供が少ないいま、日本人の就学率が
高いのは当然だ。この国には衣食を削っても子弟を学校に通わせる慣習が古くからあったのだ。

////////////// 「日本とは何か」 ///






63 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/04/12(火) 20:13:39

/// 工業モノカルチャー社会 38 ////////////////

 教室における規律の正しさも、それが生徒の自覚によるものでなく、教師の厳重な
監視の結果だとしたら、教育の良否を決める尺度とはなり得ない。どこの国でも軍隊と
監獄は規律正しい。だからといって、軍隊や監獄の仕組みが最良の教育方法とは
いえない。指導要綱と校則に縛られた日本の学校は、それに近い状況といえなくもない。
このことが生徒の個性と独創性を抑圧しているマイナスも無視できない。
 数学や理科の国際共通試験で、日本の中学生や高校生が、韓国、イスラエルと
並んで優れた成績を収めているというのも、必ずしも学校教育の優秀さを示すとは
限らない。日本特有の入試用受験技術が教え込まれた結果とする見方も有力
だからだ。現にドイツの中学生に日本式の受験技術を三時間ほど講義したところ、
たちまちその学校だけは日本以上の試験結果になったという例もある。もし、
試験の成績のよいことが教育の優秀さの尺度だとすれば、その功績は学校よりも
学習塾に帰すべきであろう。

///////////////////////////// 1991年刊 ///





64 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/04/14(木) 19:41:47

/// 工業モノカルチャー社会 39 //////////////////////

 要するに、国民全員が初等教育を受け、規律正しく教師の管理に服し、数学や
理科などの基礎知識と基本技能を身につけることが、教育の善悪を測る尺度とする
考え方は、規格大量生産の現場で働く人間として使いやすく役に立つ人材をつくる
ことこそ教育の目的、という発想に立ってのことである。
 より大きな視野で見るならば、教育の良否は、第一にその教育を受けた人間が
幸せな人生を送り得るかであり、第二には人類の繁栄と進歩とに貢献し得るかである。
そして第三には同じ成果を上げるのに、本人の苦痛と父兄の負担が少なく効率的に
行っているかどうかである。

////////////////////////////////// 講談社文庫 ///






65 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/04/16(土) 18:53:30

/// 工業モノカルチャー社会 40 //////////

 今日の日本の学校教育が、こうした尺度から見たときに、優れたものといえる
だろうか。現に諸外国での評価はけっして高くない。少なくとも日本の学校教育が、
楽しいものではないこと、人類の進歩に役立つ創造力に富んだ個性を育てるもの
でないこと、そして本人の苦痛と父兄の負担の大きいものであることは確かである。
 日本という社会を考える場合に重要なことは、こうした全人生的全社会的な
見地からの学校教育に対する評価や批判が、日本の教育界や文部官僚から
ほとんど出ない点である。つまり、この国では、教育もまた教育官僚と教師の
仲間内の評価に固まる内志向に徹しているのである。

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66 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/04/18(月) 19:32:51

/// 工業モノカルチャー社会 41 ////////////

        他人の負担を顧みない日本の組織

 これに似たことは、もう一つの日本の自慢、治安についてもいえる。日本が犯罪の
少ない国であり、犯人逮捕率も非常に高いことは前述した。しかし、それが日本の
警察制度の優秀さという説には疑問が残る。日本は徳川時代以来、きわめて治安の
よい社会であり、公的な警察機関がごく小規模だった大坂の町や僻地の農山村でも、
犯罪率は非常に低かった。日本は古くから被統治能力の高い社会なのだ。今日の
治安のよさもその伝統に負うところが大きい。
 他方、現在の日本の警察は、安全性を重視するあまり、人々の自由な行動を規制
するのに躊躇することがない。このため、重要国賓や国家行事となれば東京中が
交通規制で大渋滞、市民生活と経済活動が著しく妨げられる。だが、警察当局が
それによる市民の負担に配慮する気配はまったくない。警備の観点からの完備を
期するあまり、社会全体の利便や生活の楽しみが破壊されている現実を直視しない
のである。

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67 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/04/20(水) 19:39:07

/// 工業モノカルチャー社会 42 ////////////

 同様のことは、建築物の安全基準や公園の管理にも現れている。日本の建築費は
諸外国に比べて著しく高い。その原因の一部は、あまりにも厳格な建築基準法や
消防法にある。建物の安全性に責任を持つ建設省や消防庁は、自己の責任を
果たすためには建物の建設と利用にかかわる不便や費用を顧みない。それでいて
日本の火災件数当たり焼死者数は欧米に比ぺて十二倍以上である。
 公園の管理が杓子定規で使い難いことは前述したが、施設の面でも管理重視の
基準制度ができている。都市内の公園は、規模によって都市公園と児童公園とに
分かれているが、そのそれぞれに面積当たりの植樹や施設が定められている。

//////////////////////// 堺屋太一著 ///






68 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/04/22(金) 19:40:31

/// 工業モノカルチャー社会 43 ////////

それも、「一〇〇平米当り上木×本、中木×本、下木×本」という厳格なものだ。
小規模な児童公園の場合は、ブランコと古タイヤの遊具などをつくることも、
「例示」という形で指導されている。
 こうした基準を厳格にすれば、つくるのには知恵が要らず管理するのも容易だ。
公園空間の供給者たる自治体職員は有難いだろう。しかし利用者にとっては
おもしろみがなく、街には特色がなくなってしまう。本来、市民のためのはずの公園が、
建設管理者の安易さを優先させる結果になっているといっても過言ではない。だが、
この国の官僚機構では、そんな規格基準が問題にされることさえ滅多にない。
官僚の目は、官僚機構内部の責任回避と仕事のやりやすさにのみ向けられ、
それによって引き起こされている外部の不便と負担の大きさに向けられることはない。

//////////////// 「日本とは何か」 ///






69 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/04/24(日) 18:12:41

/// 工業モノカルチャー社会 44 //////////////

        落差の激しい同心円的帰属意識

 こうした内志向は、各人の帰属意識に応じて、ときにはさらに細分化され,ときには
大きく拡大する。同じ企業のなかでも、自分の属する部課や支店が優先され他の
部課や支店と厳しく区別する。そのため、ときには同一企業の部課や支店が顧客の
取り合いに血道を上げることもある。
 しかし、いったん共通の「外敵」が現れれは、相対的共通性を求めて結束する。
税制や行政の問題では各業界が団結する。外国からの新規参入には、業界こぞって
反対する。業界への帰属意識を持つ企業経営者同士は強い連帯感で結ばれている。
ふだんは過当なまでの競争をくり返している同業各社が、政府への対応や外国との
競争で「業界のため」となれば、不思議なほどにまとまりがよくなるのである。
 要するに、日本人の多くは、各段階ごとに他と区別する落差の激しい同心円的
帰属意識を持っている。

////////////////////////// 1991年刊 ///






70 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/04/26(火) 20:23:18

/// 工業モノカルチャー社会 45 ///////

 当然、この心理状況では、外国は最も外側に置かれる。このため、日本人の思考の
なかで、強く意識する国内とそうではない外国との間には、天地の落差がある。世界の
どこかで航空事故があれば、まず「日本人旅客」が問題となり、「いませんでした」と
いえば急に記事も小さくなる。「いた」となれば、それ以降の報道は、その日本人のこと
ばかりになる。いずれにしても、「外国人」は無視ないし極度に軽視されるのである。
 人命にかかわる航空事故でさえこれだから、経済や習慣のことになれば、外国人無視は
より著しい。貿易摩擦の問題でも、外国からの輸入で日本の産業が被害を受ければ
大騒ぎになるが、日本の輸出で被害を受ける外国の産業や労働者にはきわめて鈍感だ。
というよりも、外国の事情に対する想像力が、ほとんどの日本人には欠けている。そして
そのことを、日本人は冷酷とも異常とも思わない。世界中がそんなものだと思い込んで
いるからである。

/////////////////// 講談社文庫 ///







71 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/04/28(木) 19:01:11

/// 工業モノカルチャー社会 46 //////////////

 一九九〇年代に入って、ようやく批判されるようになった「一国平和主義」も、その
延長線上の問題といえるだろう。戦後の日本人は、自国が戦争に巻き込まれることを
恐れるあまり、世界の平和がいかにして保たれているかを考えようともしなかった。
「狭くない海」で隔てられたこの島国と同様の国々ばかりが、全世界に拡がっていると
信じたがってきた。そしてそのなかでは、わずか半世紀前に犯した侵略戦争当時の
日本自体の社会心理さえも忘却してしまっている。このため、多くの日本人は、平和と
反戦を叫んでいれば平和が自動的に生まれると思い込むことで、世界の平和を守る
ために払われている努力と負担に想像力を及ぼさない。内志向の日本人は、あらゆる面で、
外延的な想像力を働かせる習慣がないのである。

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72 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/04/30(土) 19:15:16

/// 工業モノカルチャー社会 47 ////////////////////

        「顔」のない経済大国

 外国で、「日本について何を知っているか」と質問すると、返ってくるのはたいてい
商品名だけである。「トヨタ、ニッサン、ホンダ、ソニー、パナソニック、キャノン……」
といった類なら、十や二十はすぐにも並べられる外国人は多い。しかし、日本の文化や
制度、風習についていえる外国人はごく少ない。せいぜい「スシ」や「ヤキトリ」に
代表される料理名と柔道空手などの武道系スポーツが思い出される程度だ。
 とくに稀少なのは個人名、比較的日本とのかかわりが深いアメリカでも、個人的知人
以外の日本の人名を一つでも咄嗟にいえる人は五人に一人以下である。日本の
テレビ局が一九八七年に行った調査では、アメリカで最も知られた日本人は「テンノウ・
ヒロヒト」だが、それでもやっと七パーセントである。

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73 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2005/04/30(土) 21:30:11
>>72
と言うことは日本人がいかに物知りかと言うことだ。

咄嗟にルワンダの首都はキガリだと日本人なら大方知っている欧米人は殆ど知らない
君はしっていたかね。日本人なら知っていただろ

74 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/05/02(月) 19:23:00

/// 工業モノカルチャー社会 48 ////////////////

 「国名から何が思い浮かぶか」 − この調査を、日本以外の国について行うと、
結果はまったく逆になる。アメリカでもヨーロッパでも、日本自身においても、
出てくるのはまず人名、次いで文化が多い。たとえば、アメリカといえばまず
「ワシントン、リンカーン、チャップリン、ケネディ、マリリン・モンロー」であり、次いで
「野球、ジャズ、ハンバーガー」といった類だ。イギリスといえば「シェイクスピア、
チャーチル、エリザベス女王」であリ、次に「競馬、二階建バス、ウィスキー」、
ドイツといえば「べートーベン、ゲーテ、ヒトラー」と「音楽、ビール」、中国といえば
「孔子、楊貴妃、孫悟空、毛沢東」と「中華料理、漢詩、書道」である。

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75 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/05/04(水) 20:10:01

/// 工業モノカルチャー社会 49 ////////

 もちろん、日本でも外国でも、人名や文化の内容がまったく知られていない国は
多い。セイシェルやベリーズの国名から何かを思い浮かべることのできる人は、
特別の関係者かよほどの物識りであろう。だが、そういった国は、商品名もまったく
知られていない。
 日本のように商品名だけは知れ渡りながら、人名も文化の内容も知られていない国は、
ほかにどこがあるだろうか。思い浮かぶのはスリランカの紅茶とサウジアラビアの
石油ぐらいだ。おそらく、たいていの外国人が十も商品名が並べられるのに人名は
一つも思い浮かばない国は、世界中で日本だけではないだろうか。つまり、日本は
「顔のない経済大国」または「工業製品だけを吐き出すブラック・ボックス」なのである。

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76 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/05/06(金) 19:03:13

/// 工業モノカルチャー社会 50 ////////

 いま、日本は「特殊な国」か、「特殊ではないのか」という議論も盛んだが、少なくとも、
この点ではきわめて「特殊」だ。そしてそのことこそ、日本を考えるうえで最も重要な
鍵でもある。そこに、今日の日本と日本人の特色が集約されているからである。
 権限が下部にまで分散している日本では、工業製品の設計や企業の経営を、特定の
個人の名前と責任に帰すことは難しい。もし、あえてそれをする者があれば、嫉妬深い
仲間から大いに非難されるだろう。そしてそれこそ、内志向の日本人の最も恐れる
ところである。

///////////////////// 1991年刊 ///







77 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/05/08(日) 18:42:07

/// 工業モノカルチャー社会 51 //////

 政治家や芸能人など知名度が職業的に必要な人々を除けば、圧倒的多数の日本人は、
外国や世間一般の著名度よりも仲間内の評判をたいせつにする。学者や芸術家でさえも、
世間での作品業績の評価と著名度よりも、学界や文壇、画壇の人格的評判を気にするし、
そうすることが「利口な生き方」になっている。
 この国では。外国にも個人名の知られるような独創的個性は、それぞれの専門分野の
人脈には入り難い。むしろ自らの個性と自己主張を抑え、それぞれの属する企業、
官庁、学界、文壇、画壇等において、当たり障りのない世話好きとして生きるほうが、
はるかに生きやすく成功率も高い。なかには、ただそれだけを何十年間かつづけたことで、
学界や文壇、画壇の「重鎮」となった人も多い。斯界の最高位とされる学者や文人が、
学術的業績や著名な作品が皆無に等しい例もけっして珍しくない。

////////////////// 講談社文庫 ///







78 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/05/10(火) 19:24:44

/// 工業モノカルチャー社会 52 /////////

 日本国内の、それもそれぞれの専門家集団のなかでしか知られない世話役的人脈
ほど普遍性のないものはない。それがきわめて重要だという日本社会の評価基準は、
完全に国際性を欠いている。日本人の海外旅行が一般化し、海外駐在が増えた今日でも、
この点ばかりは改まる気配がない。むしろ若年層ほど人脈的思考が強まっている。
 日本文化が他の国々のそれに比べて特別の伝統と微妙さを持っていることも、
日本語が翻訳し難いニュアンスを含んでいることも事実だが、日本の文化的孤立性は
そうした「過去」にばかり起因するわけではない。現在ただいまの日本と日本人の持つ
強い内志向的発想と仲間内評価の重視もまた、日本をして「顔のない経済大国」に
している大きな − おそらくは最大の − 要因であろう。

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79 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2005/05/12(木) 21:38:16
>>78
他の経済大国はどういう顔をして居るんだね?実例を挙げてみな

又顔かたちがそれぞれどう違うんだね、はっきり比較して

誰にでも判るように説明してみな、言葉で言えなきゃガセネタだ

80 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/05/12(木) 21:56:47

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    堺屋太一著 「日本とは何か」 1991年 講談社発行
    講談社文庫

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http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?W-NIPS=9940084056
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81 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/05/12(木) 22:01:03

/// 工業モノカルチャー社会 53 /////////

        工業モノカルチャー大国

 平成の日本社会全般に広まった内志向と仲間評価の優先は、日本式経営の
精神的基盤にもつながっている。内志向は職場単属型の人間を育て、閉鎖的
労使慣行を生みやすい。仲間評価の優先は、権限の下部分散による集団主義を
つくりやすい。そしてその二つが永年つづけば、企業全体が従業員共同体と化す
ことにもなるだろう。同じことは、政府官僚組織にも、政治家、学界、文壇、画壇にも
拡がっている。平成の日本は、日本式経営の原理と心情が全面的に拡がった
社会ということができる。

////////// 講談社より絶賛発売中! ///







82 :アポロン:2005/05/12(木) 22:11:24
えーアポロンでございます。
「地方自治体」の大半は「現実論」として「破産確実」であります!
「地方」の「産業基盤の惰弱さ」は「決定的」なものであり、「地方」は
悲しいかなついにこれを「克服」できずでありました!
しかし「破産」といっても何も消えて無くなる訳じゃない。
「総務省」という「お役所」の「管轄」に入る訳です。
「地方」は消えて無くなる訳じゃありません!
「地方自治」に「不可欠」である「強力な産業基盤」を「構築」し、また
いつの日か「確かな土台ある地方自治」を「復活」させようではありませんか!
「明日」に向かって生きるのです!



83 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2005/05/13(金) 16:22:24
80 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/05/12(木) 21:56:47

/// 講談社文庫 ///////////////

    堺屋太一著 「日本とは何か」 1991年 講談社発行
    講談社文庫

要するに↑を読めと言うことか、講談社と堺屋太一の宣伝のためのお先棒か。

他人の言説を鵜呑みにして、その一部をしたり顔で述べても何の価値もないよ
自分の言葉で自分独自の議論をしたまえ。提灯持ちはチャンチャラおかしい。


84 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/05/14(土) 22:22:14


/// 工業モノカルチャー社会 54 ////////

 日本式経営は、規格大量生産の製造業に適した組織原理であるとすれば、
それが全社会的に広まった平成の日本は、規格大量生産に適切な社会、
つまり最適工業社会である。
 だからこそ、規格大量生産型工業においては、日本は世界に冠たる生産力と
競争力を誇っている。トランジスターも自動車も、電卓もICも、規格大量生産段階に
なれば、必ず日本が最大の生産力と競争力を発揮した。コンピュータでさえも、
多品種少量生産の大型化時代にはアメリカにかなわなかったが、大量生産の
小型化が進むにつれて日本が優位に立つようになっている。パソコン、ファミコンに
至っては圧倒的だ。日本社全が、規格大量生産に適した心情と組織原理を
持つ限り、この状況はつづくだろう。

//////////////// 「日本とは何か」 ///







85 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2005/05/15(日) 19:47:25
>>84
>>日本式経営は、規格大量生産の製造業に適した組織原理で"あるとすれば"

視野が狭いんだよ、日本社会は君の云うような単純なものではないし

>規格大量生産の製造業に適した組織原理であるとすれば<

↑そんな組織原理は無い勝手に規定するな

1億2千満余の人口を擁し様々な経営形態がある、そもそも規格大量生産
は、20世紀になってからアメリカで発達したものだ、フォードなどは
その典型と云われている。

>>パソコン、ファミコンに 至っては圧倒的だ

これも間違い、今日本の電器メーカーは軒並みパソコンは赤字若しくは
赤字スレスレ、世界一のメーカーで大黒字はアメリカDELLだ
ファミコンなどのゲーム機もマイクロソフトに追い上げられている

不思議に思うのは君は何故15年も前の著作を取り上げてそれを根拠に
しているのかね。今現在事についての独自の意見は無いのか

重ねて云う、議論を始めるなら自分の意見を云え


86 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/05/16(月) 21:43:17


/// 工業モノカルチャー社会 55 ///////

 しかし、より迅速な決断と多様な創造を要求される多品種少量生産の超大型技術
分野や情報や流通などの面では、日本式経営の持つ雇用硬直性と集団主義は
少なからぬマイナスになるし、行政機構に持ち込まれれば総合調整不能な供給者
優先行政になってしまう。ましてや、決断と創造そのものである政治や学術・芸術に
なれば、「密室の停滞」以外の何ものも生まれない。要するに今日の日本は、すべてが
規格大量生産型工業に適するようにつくられた「最適工業社会」であり、そのための
心情と組織原理だけが全社会的に定着した「工業モノカルチャー国家」なのだ。

////////////// 1991年刊 //////////







87 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2005/05/17(火) 22:01:09
>>86 ◆EYAdXfgv.Q
>>日本は、すべてが 規格大量生産型工業に適するようにつくられた
>>「最適工業社会」であり

そもそも君の云うカルチャーの定義とは何か?
世界の先進工業国でポリカルチャー国家は有るのか、そしてそれはどの国か
如何なる要素に基づいて定義するのか?日本とはどこが違うのか

>>決断と創造そのものである政治や学術・芸術に なれば、「密室の停滞」以外の何ものも生まれない。

↑政治は決断だけでは出来ないし、学術芸術は決断とは無関係だ実に馬鹿馬鹿しい議論だ

一昔半以前の他人の意見にしがみつき、蒸し返して何の意義があるのか
現代は急速 に変容しているのだ、君の議論の目的は何なのだ

三度云う議論を始めるなら自分の意見を云え

88 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/05/18(水) 19:21:16

/// 工業モノカルチャー社会 57 ////////

 この例は、「工業モノカルチャー国」日本にも当てはまる。近代工業の拡大発展を
目指して、制度、組織、教育、市場構造、地域構造等から人間の評価や行動基準までを、
規格大量生産型の製造工業に適合させてきたため、それ以外の分野には不合理と
非能率と無知無策が積み重なっている。だがそれが、規格大量生産に適合して
つくり上げられた社会体制と価値判断の結果であることに気づく者は少ない。このため、
多くの日本人は、この国に渦巻くようになった不安と不満を、根本的な社会の質の
問題としてではなく、ごく個別的な部分的手直しや担当者の変更ないしは再教育程度で
改善しようとしているのである。前述した一九八○年代の「貧しさ探し」は、その典型
といえるだろう。

//////////////// 「日本とは何か」 ///







89 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2005/05/18(水) 21:16:19
>>88
>>前述した一九八○年代の・・・・・

今現在は21世紀なのだ20年前の事を持ち出して(しかも間違った)
なにを議論仕様とするのか、理解に苦しむ

四度言う自分の言葉で自分の考えを述べてみよ

90 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/05/20(金) 20:37:30

/// 工業モノカルチャー社会 58 ///

        「豊かさ」とは好みが満たされることだ

 もっとも、工業は紅茶や砂糖のような単一商品ではないし、そこで利用される技術も
多様である。何よりも新製品の開発を通じて、ほとんど無限に需要が伸びる。
したがって、規格大量生産型工業への特化は、日本に経済発展をもたらしたばかり
ではなく、全社会的な近代工業化を促した。また、特定農産物に依存するモノカルチャー
経済のように、国際市況の変動に国民経済が左右される危険も少ない。つまり、
経済的に見る限りでは、きわめて有利な分野への特化であった、といえる。

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91 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/05/22(日) 17:53:39

/// 工業モノカルチャー社会 59 ////////

 しかし、たとえそれが、技術的基盤の広い需要拡大率の高い工業製品群であった
としても、特定産業への特化は、社会全般の多様性と選択性を乏しくする点では、
モノカルチャー社会的特色をまぬがれない。今日の日本が「顔のない経済大国」なのは
そのためだ。そしてそのことが、統計的な数値の「豊かさ」にもかかわらず実感としての
「豊かさ」が乏しいという結果にもつながっている。
 人間が本当に「豊かさ」を実感するのは、自らの「好み」が満たされた場合である。
生活水準がきわめて低い場合なら、何よりも「生きる糧」がたいせっだが、それに
必要な物的需要はさほど多くはない。ある研究家の調査によれば、もし今日の日本で、
一九四九年(昭和二十四年)頃の平均的な生活をするとすれば、持ち家が前提なら
東京でも四人家族で月七万四千円もあれば十分だという。

/////////////////// 堺屋太一著 ///







92 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2005/05/22(日) 18:39:11
>>「顔のない経済大国」??

「顔のある経済大国」はいったい何処に有るんだね、答えられなきゃガセネタ

>>一九四九年(昭和二十四年)頃の平均的な生活をするとすれば、持ち家が前提なら
>>東京でも四人家族で月七万四千円もあれば十分だという。

↑だからどうだというのだ、無意味だ、そのころ東京で持ち家??焼けトタンのバラック
が殆どだ、実情を知らない寝言。

五度言う自分の言葉で自分の考えを述べてみよ

93 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2005/05/23(月) 11:33:17
来たる5月27日は東郷平八郎司令長官率いる連合艦隊が、
対馬沖で、ロジェストウエンスキー率いる優勢なバルチック
艦隊と戦った日本海海戦の100周年記念日で ある。
海戦前の各国の評価では日本不利の声が多かったが、蓋を
開けて見れば日本は完璧な勝利で、世界戦史上 陸戦海戦
を問わず過去より現在までかくの如き、完全な勝利は他にない

しかし余りの勝ちすぎは日本にとって、有害な面も有った
40年後、自らの力を誤信した軍部主導によって、第二次大戦
を戦い敗戦の憂き目を見るに至った。
そして現在日本は平和憲法下に不戦の誓いを固めている

以下日本海海戦の戦果をざっと挙げる

ロシア側
撃沈 戦艦6隻    捕獲    戦艦2隻
撃沈 巡洋艦4隻 捕獲 駆逐艦1隻
撃沈 駆逐艦4隻 捕獲 海防艦2隻
撃沈 海防館1隻   脱走中に沈没 巡洋艦1隻
撃沈 仮装巡洋艦1隻 脱走中に沈没 駆逐艦1隻
撃沈 特務艦3隻

中立国へ逃走武装解除 巡洋艦3 駆逐艦1 特務艦2
遁走し得たもの小巡洋艦1 駆逐艦2 運送船1

日本側損害 水雷艇 3隻 沈没

94 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/05/24(火) 20:03:06


/// 工業モノカルチャー社会 60 //////

昭和二十四年といえば、餓死する人はいなくなり、子供の出生率が最高になった
年である。つまり、単に生物として生命を保ち子孫を絶やさぬだけなら、その程度でも
可能なのだ。人間がそれ以上の所得を求め、より多くを消費するのは、感覚的心情的
社会的な「好み」を満たしたいからである。
 ところが、人間がそれぞれの「好み」を満たすためには、ただお金があればよい、
というものではない。お金があること(つまり所得の高さ)は、「好み」を満たすための
経済的可能性を与えるという点できわめて重要な必要条件には違いないが、
けっして十分条件ではない。本当に「好み」が実現されるためには、もう二つ、
「好み」に適した選択を可能にする多様な供給がつねに継続していることと、それを
実現するための時間的余裕のあることが伴わなければならない。

////////////// 「日本とは何か」 ///





95 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2005/05/25(水) 13:37:08
>>/// 工業モノカルチャー社会 ////// ???

『モノカルチャーとは何か』

カルチャーとは文化、教養であり又耕すことである事は誰でも知っている

嘗て植民地に対して、政策として宗主国が自国の利益の為に半強制的に
ある種の農作物だけを栽培させ供給させていた、たとえばマレーシアのゴム
インドのジュート、ルワンダ、ブルンジのコーヒーもモノカルチャーと言えるだろう

従って工業に対しては『モノカルチャー』なる言葉は失当だ、工業は耕作しない
工業国でもし無理に当てはめれば、鉄鋼生産国ルクセンブルクの如き国だろう

日本は数限りない種類の工業生産品を持つ。モノ=MONO=単

以上によって日本が『工業モノカルチャー社会』だと言うのは牽強付会
だと言える、日本は単一工業製品の供給国ではない。


96 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/05/26(木) 19:22:19


/// 工業モノカルチャー社会 61 ///

 すべてを規格大量生産型工業に適するように仕組んだ日本社会には、あらゆる面で
供給の多様性が乏しく、それぞれの「好み」を満たすだけの選択の自由がない。
初等教育は没個性的均質教育に統一されているし、病院医療は標準医療制度によって
規制されている。商店街のつくりも公園の造作も似たようなものだ。そのうえ、
東京一極集中政策によって頭脳機能にたずさわる職業を選べば、東京における狭小な
住居と長距離通勤を強いられるし、地方での生活を求めれば、規格大量生産の現場か
創造性の乏しい地域サービス業務にしか就業の場がない。この国では、職業と生活とを、
ともに「好み」に合わせて選ぶことは不可能に近い。

//////////////// 1991年刊 /////







97 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2005/05/27(金) 19:11:01

日本の対外資産『185兆円』世界最大最高・・・日本経済新聞5月27日夕刊所載


98 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2005/05/28(土) 15:24:35
【政治】"日本列島、どう分ける?" 道州制で5つの分割案…地制調、総務省が提示★2
http://news19.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1117254843/


99 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2005/05/29(日) 13:52:02
>>すべてを規格大量生産型工業に適するように仕組んだ日本社会には、あらゆる面で
>>供給の多様性が乏しく、それぞれの「好み」を満たすだけの選択の自由がない。

何時の時代の日本のことだ、供給の多様性がないというなら、証拠を挙げよ
町にはありとあらゆる種類の商品が満ちあふれて、好みを満足させている。

医療についても米国では手術でも受けようものなら、莫大な料金を請求されるそうだ
制度は相対的なものだ。

>この国では、職業と生活とを、ともに「好み」に合わせて選ぶことは不可能に近い。

世界中何処の国でも同じ、気に入った職業に就けるものは少ない、しかし殆どの
職業は社会にとって不可欠だ。金を獲得するのは気楽ではない。

頭脳機能←聞き慣れない言葉だが知的作業の事か??
学者、芸術家、農民、職人、商人等々あらゆる職業人は知的な活動を行っている
のは常識だ、社会は他人のために奉仕し、又他人に奉仕されて成り立つのは中学生
でも知っている。
君の議論の大きな欠点は、自分の意見を持たないことと、社会の現実を観念的に
考えていることだ。
朝鮮人の君が、日本社会を馬鹿にして腹いせしている気持ちもわかるが、半可通
は止めろ。論評するなら祖国韓国の分析でもし給え。





100 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/05/29(日) 18:54:58


/// 工業モノカルチャー社会 62 //////

 日本が、本当に「豊かさ」を実感できる国になるためには、より多様な供給を許し、
より多くの選択の自由を可能にしなければならない。だが、それは、工業モノカルチャー
社会としての利点、「最適工業社会」をある程度放棄することをも意味している。
規格大量生産型工業の発展拡大によって経済的に成功を収めた日本が、あえてそれに
踏み切れるか否かは、「平成の日本」の重大な課題である。日本がいま、この二十世紀の
末に、そのような「最適工業社会」を形成しているのは、日本国土の風土、そこに
生きた日本人の歴史、そしてそれらが生み育てた日本文化の長い伝統に由来する
ことだからである。

///////////////// 講談社文庫 ///







101 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/05/31(火) 19:58:42

/// 工業モノカルチャー社会 63 ///////

 未来を考えるときには、まず現在を知らなければならない。現在を知る
ためには過去を探らなければならない。日本の未来を考えるためには、
この国の由来を見きわめるべきだ。国際的な位置づけにおいても国内的な
体制改革においても、きわめて重大な時期にさしかかったいまこそ、
「日本とは何か」を、われわれ日本人は見つめ直してみるべき秋だろう。・・・・・

/////////////// 「日本とは何か」 ///







102 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/06/03(金) 19:45:16

/// 講談社文庫 ///////////////

    堺屋太一著 「日本とは何か」, 1991年 講談社発行
    講談社文庫, 税込価格:\580, ISBNコード: 4061855948

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103 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/06/05(日) 21:47:35

/// 日本における「文明の犯人」 1 ////

堺屋太一著 「日本とは何か」 講談社 1991年刊 講談社文庫,
税込価格:\580, ISBNコード:4061855948 より

第五章 文明を左右してきた資源と人口

・・・・・
    日本における「文明の犯人」
        外国文化を取捨選択する習慣

 ・・・・・始代から中世に至る世界の文明の能様を追ってみたのは、ほかでもない。
日本の文化、日本人の性格を考えるうえで、この国の「文明の犯人」、資源環境と
人口と技術の関係を整理してみたい、と考えたからである。

////////////////// 堺屋太一著 ///







104 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/06/06(月) 23:06:28

/// 日本における「文明の犯人」 2 ////

 何度も指摘しているように、日本は島国だ。それも周辺の地域とは「狭くない海」で
隔てられた「半孤島」である。だから、文化や文明、技術、情報、それに少数の
人々が入ってくることは古くから可能だったが、資源を大量に運ぶことも、大人数の
集団が一挙に移動してくることもなかった。絹糸や陶磁器を持ってきたり、銅や銀を
持ち出したりすることはできても、大量の燃料や食糧を輸出入することは明治以前の
日本ではあり得なかった。つまり、資源環境でも人口動態でも、ほぼ日本列島の
内部で完結していたわけである。その意味で日本は、一種の実験室的な国だった
といえるだろう。

////////////// 「日本とは何か」 ///







105 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/06/09(木) 21:33:59

/// 日本における「文明の犯人」 3 ////

 ただ技術や思想だけは、他の諸国以上に外国に依存していた。したがって
日本は、資源環境と人口動態の異なる場で生まれた技術や思想を利用する
ことになる。そのことが、日本の発展を特殊なものにした。
 日本に大陸の進んだ技術や文化が入り出したのは、この国の歴史がはじまる
以前のことらしいが、本格的な流入は四世紀頃はじまったと見てよいだろう。
灌漑、農耕、冶金、工芸、建築などの新しい技術が、仏教や儒教などの思想
とともに、帰化人によってもたらされ、土地と資源の開発が急速に進み古代国家が
形成される。これによって日本は、遅ればせながら始代から古代に転換する
農業革命を経験したのだ。

/////////////////// 1991年刊 ///






106 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/06/13(月) 20:36:03

/// 日本における「文明の犯人」 4 ////

 それまでの日本にも、いくつかの小地域的な「政権」があった。最近の発掘で
「大和王朝」の形成は三世紀に遡ると見られるようになったが、統治力が及んで
いたのは河内平野と大和盆地ぐらいで、その周囲はまだ未開といってよい状態だった。
そしてそれとは別に北九州や出雲にも小勢力があり、越前あたりにも何らかの
政治勢力があったらしい。自然の水流によって米作を行っていた程度では、
いずれの政権でも資源の量も限られ人口も少なかったことであろう。
 そこへ中国から朝鮮半島を経由してどんどん新しい技術が入ってくる。新技術を
持った人々が帰化人として流入する。このため、飛鳥時代後半から土地開発が進み、
関東以西が統一された。この結果、日本は人口の割には物財の豊富な時期を
経験することになる。それが頂点に達したのは、おそらく奈良時代の初期であろう。

///////////////// 講談社文庫 ///







107 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/06/17(金) 21:49:13

/// 日本における「文明の犯人」 5 /////

 このため、奈良時代には華やかな大型文化が花開いた。西暦七四七年に
着工された世界最大の銅溶着像・奈良大仏は、その成果をいまに伝えている。
 大仏建立時の東大寺は、現在見るものよりもはるかに大きかった。大仏殿は
いまの二倍ほどの容積だったし、その左右には九十メートルを超える七重の塔が
あったという。全国の人口が五百万人以下だった当時としては、何とも凄いものを
つくったものだ。しかもそれは、日本古来の文化とは正反対に、建物は朱塗り
仏像は金箔貼りというきらびやかなものだった。奈良時代の日本人は、いかにも
古代文明的な物財誇示の好みを持っていたのである。

//////// 講談社より絶賛発売中! ///







108 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/06/22(水) 21:21:19

/// 日本における「文明の犯人」 6 ////

 しかし、この頃すでに先進国の中国では古代文明が衰退して久しく、宗教的な
社会主観の社会、つまり中世が完成していた。このため、日本への技術の流入も
一通りのことがすむと中断する。そのうえ、これと一緒に流入した思想はいかにも
中世的で、古代文明にあこがれる日本人には受容し難いものが多かった。
素晴らしい先進国で普及しているのだから、よいはずだと思ってみても、どうにも
納得ができない。ごく一部の外国かぶれが感心するだけで、一般庶民にはなじめ
なかった。
 このことから日本人は、外国文化のある部分を受容し、他の部分を峻拒する
選択の習慣を身につけた。古代の日本人は、中国文化の熱心な模倣者であり、
多くのことを中国に学んだが、同時に、他の国々には例を見ないほどの頑固な
拒否者でもあった。

////////////////// 堺屋太一著 ///







109 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2005/06/25(土) 21:29:28

/// 日本における「文明の犯人」 7 ////

 たとえば「宦官」は中国文化の重要な一部であり、朝鮮や西域はもちろん、遠く
ペルシャやビザンチンにまで拡がった。しかし、日本だけはこの制度をついに
入れなかった。遊牧社会の経験がない日本には去勢の技術がなかったからだという
説もあるが、それだけとは思えない。銅の溶着技術を学んで四十年間で世界最大の
大仏をつくったほど技術習得力の高い日本人が、去勢の技術だけは学べなかった
はずがない。日本人はその習慣を真似ること自体を拒否したのだ。
 日本人が拒否した中国文化のなかには、道教思想や易姓革命、同姓不婚、
科挙の制度、北宋画および肉食の習慣などがある。もし日本が、もう五百年早く、
中国において古代文明が栄えていた漢代に農業革命を起こす状況になっていたと
すれば、より多くのことを中国に模倣したかも知れない。

////////////// 「日本とは何か」 ///






110 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2005/06/29(水) 19:24:04

/// 日本における「文明の犯人」 8 ////

        短かった日本の「古代」

 日本が農業革命を進めたとき、先進国・中国は既に中世に入っていた。この時期的
ズレは、日本人に外来文化を取捨選択する習慣を身につけさせただけではなく、
外来文化の「日本化」をも義務づけた。物財が多いことに幸せを感じる古代的発想に
立っていた飛鳥・奈良時代の日本人には、神仙思想や仏教思想にどっぶりと浸った
隋・唐の中国思想は、そのままでは受け入れられなかったからだ。
 このため、奈良時代も末期になると、中国文化のなかから受け入れやすいものを
選んで日本化する動きが強まり、独自の日本文化へと昇華していく。日本人が漢字で
日本語の発音を書き写すことに満足せず、これを簡略化して表音化する仮名文字を
早々とつくり出したのは、その現れである。

/////////////////// 1991年刊 ///






111 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/07/03(日) 19:26:02

/// 日本における「文明の犯人」 9 ////

 しかし、その半面では、中国と日本との文化発展時期の大きなズレは、日本の
古代を急激で短いものにもした。学ぶべき師・中国が新しい技術開発を停止
していたため、蓄積された技術群を学び終えると、それ以上の新技術が入らなく
なってしまったからだ。その頃、中国で発達していたのは、日本人には分かり難い
社会主観、つまり宗教的思想の深化だったのである。
 八九四年、菅原道真の提議によって、日本は遣唐船を廃止する。このとき、
菅原道真は、「もはや中国へ行っても買うものがない」といっている。「学ぶべき
新しい文化が生まれていない」という意味だ。それからの三百年間に、中国から
もたらされた主要な文化は、禅に代表される非生産的宗教思想であった。

///////////////// 講談社文庫 ///






112 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/07/10(日) 21:10:32

/// 日本における「文明の犯人」 10 ////

 だが、その間にも日本の人口は急増、平安時代初期には八百万人近くになっていた
と見られている。奈良時代初期の四百万人に比べると、ほぼ一世紀の間に二倍になっ
たわけだ。このため、技術の進歩が止まり、開発可能な土地と資源が限界に達すると、
日本は資源不足社会になっていく。平安の世は、時が進むにつれて文化が小型化する
のはこのためである。
 平安時代には華やかな王朝文化が花開いたとはされているが、そこで展開されたのは、
きめ細やかな人間関係を中心とする小型文化だった。平安貴族は、物財に興味を示さず、
その生産量を拡大するための施策も採らなかった。彼らの多くは、整った律令制政府
機関の高官だったが、その関心はもっばら主観的美意識の世界に注がれていた。

/////// 講談社より絶賛発売中! ///





113 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/07/16(土) 21:57:45

/// 日本における「文明の犯人」 11 //////

 『源氏物語』の主人公光源氏は、この時期の典型的な貴族像であったろう。
右大臣の要職にありながら、ただただ美意識の世界に耽溺した光源氏の生き様は、
清談にうつつを抜かした晋の司徒(首相)王衍を思わすものがある。「古代」と「中世」
とを、文化の態様と人々の意識によって分けるならば、少なくとも平安時代前半には
日本の中世がはじまっていたというべきである。
 つぎにこの国で資源が豊富になり、モノ余りの社会が実現するのは十六世紀の
戦国時代だ。室町時代の中頃、十五世紀後半になると、また中国から新しい技術が
入ってきた。それは中国の「亜近代」ともいうべき宋代に完成された技術群である。

///////////////////// 堺屋太一著 ///






114 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/07/22(金) 19:47:44

/// 日本における「文明の犯人」 12 ////

 その第一は、沼地から水を抜いて水田に変える排水技術、あるいは山地に水を
供給する高度な灌概技術である。次には新しい作物が流入する。さつまいも、
木綿、莱種、いんげん豆などだ。この二つが相まって、これまで農地に適さないと
思われていた土地が耕作に活用されるようになり、可農地が大幅に増えた。
 こうした新しい技術によって開発された土地の生産力を背景にして、各地の地主
(豪族)が勢力を伸ばし、自立した領主として領地経営に当たるようになる。
室町幕府の中世的支配が崩れ、実力のある者が勢力を拡げる下克上の時代が
はじまったのだ。そしてそのことがまた、組織の強化と人材の発掘となり、一段と
経済を盛んにした。

////////////// 「日本とは何か」 ///






115 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2005/07/22(金) 23:37:11
工業モノカルチャー社会に続いて、文明の犯人とやらも
これから60近くまで貼られるのかー。

116 :アポロン:2005/07/22(金) 23:47:10
しかし全国的にエコロジー創生、人間的ゆとり潤い創生を無理無く
進めるためには最低でも5%の経済成長が必要であると考える。
お金も無い、技術も無いではエコロジーの創生はできないからだ。
できるなら10%前後の持続的経済成長が望ましい。


117 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/07/28(木) 20:02:35

/// 日本における「文明の犯人」 13 /////

 十六世紀になると、各地の豪族たちは競って新技術を導入し、土地を開発し、
利水施設を建設する。ちょうどその頃には、坑木で支えて深いところまで鉱石を
掘る鉱業技術も入ってきた。精錬や冶金の技術も進んだ。十六世紀後半になると、
これに南蛮の技術も加わった。なかでも重要なのは「金銀吹き分けの術」と
いわれた水銀精錬法である。このお陰で日本の金銀銅の生産量は大幅に伸び、
貨幣用金属が十分に蓄えられた。これが土地開発による農業生産の増加と
相まって商業の発展を促し、適地適産を進めた。

///////////////////// 1991年刊 ///






118 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/08/04(木) 23:29:53

/// 日本における「文明の犯人」 14 ////

 織田信長が関所を廃して「楽市楽座」を行ったのは、増大する商業需要に
対応した政策だった。当初はそれを秩序の破壊と恐れた畿内の商人たちが、
数年後には熱烈な信長支持に転向するのも、統一市場の形成による巨大な
利益を実感したからであろう。逆に将軍足利義昭や本願寺が反信長になったのは、
その政策の革新性が旧勢力全体の基盤を滅ぼすものだったからである。

//////////////////// 講談社文庫 ///






119 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/08/06(土) 23:08:03

/// 日本における「文明の犯人」 15 //////

        日本のルネッサンス − 戦国時代

 「戦国時代」といえば、とかく弱肉強食の戦乱の世と思われ、か弱い
庶民は武将の野心と強欲に苦しんだ悲惨な時代という印象を持たれがちだが、
けっしてそればかりではない。下克上の乱世を呼び起こしたのは技術の
進歩と開発の進展による経済力の拡大であり、生活の向上と人口の
増加であった。

///////// 講談社より絶賛発売中! ///






120 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/08/11(木) 18:55:27

/// 日本における「文明の犯人」 16 ////

 確かに戦争は多く、その都度、家を焼かれ田畑を荒らされ、暴行殺害を
受ける百姓も多かったが、それとて、それ以前の時代の野盗乱輩の被害
よりはましだった。当時は庶民百姓といえどもけっしておとなしい被害者
ではなく、ときには武士になり、ときには落武者狩りをする大胆で獰猛な
集団だった。「本能寺の変」で織田信長が殺されたというだけで、たちまち
各地の地侍や百姓が猛り拉ち、堺から伊勢に出ようとした穴山梅雪の一行は
殺されたし、甲斐にいた河尻秀隆は城ぐるみ潰された。まだ、武士と農民の
区別がはっきりしていなかったのだ。

////////////////// 堺屋太一著 ///






121 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2005/08/13(土) 10:11:53
民主「政権500日プラン」 官僚登用、政策協力迫る
2005年08月13日

 民主党が政権を獲得した後の政権移行の手順を示した「岡田政権500日プ
ラン」の全容が12日明らかになった。局長以上の官僚は、新政権の基本方針
に協力を誓約することを条件に9月末までに任命する。マニフェスト(政権公
約)を「霞が関」に浸透させる狙い。省庁などの無駄遣いにメスを入れる「行
政刷新会議」と、予算の大枠を決める「国家経済会議」を新設。ともに首相が
議長に就く。予算編成の見直しも首相主導で進める。
 同プランによると、総選挙で単独過半数が取れた場合、投開票日翌日の9月
12日午前、首相・官房長官の予定者と幹事長らによる「政権移行委員会」を
発足させ、政権公約に基づく「新政権運営に関する基本方針」を決定。各省庁
の事務次官らに示し、協力を求める。
 第1週内に首相官邸の首相補佐官、首相秘書官ら前政権を支えたスタッフは
全員入れ替える。
 各省の局長以上の人事にも着手。「原則として基本方針に賛同・共鳴し、真
の国益のため情熱を傾ける人材を登用」する方針を掲げた。同意しない幹部は
異動させる。
 一方、首相を議長とする「国家経済会議」は、01年の中央省庁再編で設け
られた「経済財政諮問会議」を衣替えして設ける。経済財政担当の首相補佐官
(閣僚級)を事務局長とするほか、民間メンバーは専任の国家公務員とする。
諮問会議について同プランは「メンバーが非常勤だったため、(議論を)実質
は官僚組織が牛耳る傾向があった」と批判している。
 首相主導で「予算の大枠を決め、その枠内で予算の細目が決定されるような
予算編成方式」を目指す。来年度予算の概算要求基準は白紙にし、年内編成に
とらわれずに民主党の独自の予算編成に着手するとしている。
 「行政刷新会議」は首相を議長とするほか、企業再生の実績がある経営者、
会計・財務などの専門家らで構成する。

ttp://www.asahi.com/politics/update/0813/002.html

122 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/08/13(土) 22:41:32


/// 日本における「文明の犯人」 17 ////

 経済の発展は、人口の増加をもたらした。平安初期から室町中期まで
日本の人口は大して増加せず「応仁の乱」の頃もまだ八百万人前後だった。
ところが、この頃から顕著に増えはじめ、一六〇〇年の関ケ原合戦の頃には
千六百万人に達していたという。百年余りの間に、ほぼ二倍になったわけだ。
そのうえ生産性も向上、国民総生産はこの間に約三倍になったと見られている。
一人当たり国民所得は、一・五倍に増えたわけだ。
 こうした人口の増加と物的生産の拡大を基礎として、専業武士が生まれ、
商工業が発展し、日本は再びモノ余りの時代を迎えた。信長や秀吉の下劣な
までの物欲は、この時代の日本人が光源氏とは逆の形而下的発想を持っていた
ことを示している。

/////////////// 「日本とは何か」 ///






123 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/08/16(火) 22:41:17

/// 日本における「文明の犯人」 18 ////

 豊かな余剰生産物を収奪した権力者たちは、きらびやかな大型文化を開花させた。
建造物は急速に巨大化し、絵画はきらびやかな金貼りとなり、武具は自己顕示の
装飾で埋め尽くされる。安土・桃山文化といわれる絢燗豪華な大型文化時代である。
 十六世紀は、ヨーロッパでは「ルネッサンス」と呼ばれ、古代の合理精神と写実美術が
復興した時期として栄光を以て描かれている。しかし、政治的に見れば写実美術の
花を咲かせたイタりアでも、宗教革命を進めたドイツでも、小国分裂の慢性的戦争状態
にあり、当時の日本よりもはるかに残酷な破壊と悪辣な陰謀が渦巻いていた。
戦国時代の日本も似たような状況にあったのだが、この国では経済の発展や技術の
進歩文化の革新よりも戦乱のほうを重視して「戦国時代」と呼ばれている。それも
この国には、派手な戦争が少なかったためであろう。

//////////////////// 1991年刊 ///





124 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/08/20(土) 22:29:58

/// 日本における「文明の犯人」 19 ////

        成長志向に支えられていた豊臣家の組織

 こうした戦国時代に生きた人々は、物財の豊かさに幸せを感じ、それを求める
成長志向が強かった。そしてそれの強い人物が成功し、強い組織が発展した。
その象徴が豊臣秀吉でありその組織・豊臣家である。
 およそ日本史上に、豊臣家ほどの急成長組織はほかにない。もとはといえば
尾張中村郷の貧しい百姓の子倅の「猿」が、織田信長に仕えて三十年余りで
天下を取ったのだから凄まじい。今日でいえば中学卒の落ちこぼれが、
中小企業に入社、その企業の成長とともに出世し、やがて子会社の責任者から
世界有数の大企業の創業者になったようなものだ。

/////////////////// 講談社文庫 ///






125 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2005/08/20(土) 22:48:02
国策で大阪から経済を吸い取らなければ(例えば金融関係の東京集積とか)
今ほど一極集中にはならなかったんじゃないか?
東京と大阪の差は高度経済成長の時から開き始めたらしいし、東京はここ30年
程度で急激に巨大化してきたんだろう

126 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2005/08/22(月) 13:22:53

⇒世代間の大きな希望格差を、この選挙で絶対に解消させよう!!

  社会保障の世代間格差8100万円に・財総研が報告書

   財務省の財務総合政策研究所は17日、現行の社会保障制度の
   問題点や改革の方向性などを盛り込んだ報告書をまとめた。
   生涯賃金を3億円とし、年金、医療、介護を合わせた世代間格差
   を試算。保険料負担より給付が多い1940年生まれと、逆に給付が
   少なくなる2005年生まれとで8100万円の差が生じるとした。

 ⇒”いやらしい票集め”に励む馬鹿な政党ではなくて、これからの
   『若者』のことを真剣に考える政党にこそ、投票しよう!!


127 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/08/23(火) 22:40:26

/// 日本における「文明の犯人」 20 ///////

 当然、その組織も拡大したし、組織構成員も出世した。それだけに、秀吉自身も
その家来たちも成長志向に燃えていた。はじめは貧乏足軽で足軽頭の秀吉に
仕えた人たちが、次々と大将になり一城一国の主となった。とくに秀吉が近江長浜
五万石の大名になった頃からは連戦連勝、出世は目の前にぶら下がっているかの
ようだった。そんななかで育った若者たちが、しっかり働き手柄を立てれば、必ず
加増されるという成長期待を持ったのも当然だろう。秀吉の家来の逸話のなかには、
成長志向を賞賛する物語がじつに多いのである。

/////////// 講談社より絶賛発売中! ///






128 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/08/27(土) 21:58:55

/// 日本における「文明の犯人」 21 ////

 たとえば、石田三成だ。彼は十五、六歳で秀吉の小姓となり、二十歳代にして
近江水口四万石の殿様になった。このとき秀吉は、切れ者の石田三成が
おもしろい家来を集めているに違いないと期待し、一ヵ月ほどしてから聞いてみた。
「佐吉や、そろそろ家来は集まったかな」
 佐吉というのは三成の幼名である。これに対して、三成は、
「お陰さまでようやく一人だけ……」
 と答えた。
「四万石もやったのに、まだ一人しか傭っていないとは何ごとか。その一人とは誰だ」

////////////////// 堺屋太一著 ///






129 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/09/03(土) 23:11:15

/// 日本における「文明の犯人」 22 /////

 そういった秀吉に、三成は胸を張って答えた。
「島左近にござります」
 島左近は大和の筒井順慶の家老だったが、順慶の死後浪人となったが
隠れもない当時の名士、多くの大名が十万石で抱えようとしたのを断りつづけた
といわれるほどの男である。しかも、年齢は石田三成よりは二十歳も上だった。
「あんな有名人が、たった四万石のお前のような若造によく仕える気になったな。
お前はいったい何石やった?」
「二万石をやりました」
 四万石のうち二万石やれば、石田三成には二万石しか残らない。さすがに
秀吉も、「古来、殿様と家来の禄高が同じとは聞いたことがない」
と驚くと、三成は、

//////////////// 「日本とは何か」 ///






130 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/09/07(水) 23:54:04

/// 日本における「文明の犯人」 23 ////

「いや、それはこの次、左近を使って私は手柄を立て、十万石に御加増
いただく。さすれば釣り合いが取れまする」
 と答えたという。
 この話は石田三成が人材を非常に大切に、優れた人材のためには禄を
惜しまなかった美談とされているが、もう一つ重要なことは、次に手柄を
立てて加増されることを前提にした人事方針、成長志向の経営思想だ。
 この傾向は石田三成にかぎらず、豊臣秀吉や織田信長の家来には多く
見られる。秀吉の組織が強かった原因の一つも、次の成長を前提として
現存収入以上の人数を集めたところにある。現代風にいえば、強気の
先行投資をやっていたわけである。

/////////////////// 1991年刊 ///






131 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/09/09(金) 21:09:41

/// 日本における「文明の犯人」 24 ////

        「人事圧力シンドローム」による朝鮮出兵

 ところが秀吉が天下を取り、小田原城が落ち九戸の乱を治めて、九州、
東北の先まで平定すると、武士の世界にはもう成長の余地がなくなった。
成長を前提にした経営を行っていた各大名家も、その家来たちもはたと困った。
いまのサラリーマンが、毎年、定期昇給があることを前提にしてローンを
組んでいたのに、急に成長が止まり、昇給が望めなくなったのと同じである。
企業全体としては、先行投資で完成した施設が、国内市場の限界で
稼働できない状況といってもよい。

/////////////////// 講談社文庫 ///






132 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/09/18(日) 22:10:30

/// 日本における「文明の犯人」 25 ////

 では、どうすればよいか。豊臣家臣団ではさまざまに議論があったが、
結局は「日本が満杯なら朝鮮へ行こう」ということになった。今日の企業で
いえば「国内市場が満杯なら海外に輸出を」というのと同じである。
 じつは、これが成長組織の陥りやすい「人事圧力シンドローム」現象である。
最初に内部の人事的理由から「何か新しいことをしなければならない」と
決めてから、できそうな事業を選ぶから、悪い事業にでも飛びつくのである。
 一九九一年に生じた「バブルの崩壊」もこれに似ている。高度成長に
慣れた各企業は、余剰資金と余剰な人材を不動産や株式の投資に集中、
ずさんな開発計画に入れ揚げた。とにかく何かをしなければ、企業の成長と
人事のローテーションが回らなくなっていたのである。

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133 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/09/20(火) 21:13:26

/// 日本における「文明の犯人」 26 ////

 こうした現象は、これから日本の企業では、まだまだ起こるだろう。企業内に
人が溢れ、大卒の社員がだんだん高年齢になる。それに役職を与えるためにも、
定期昇給をつづけるためにも、成長は不可欠だ。結果としては、「比較的まし」
と思われる事業計画を選ぶ。そしてそれはたいていの場合、これまでの
成功体験をくり返す古い方法である。
 豊臣秀吉の試みた新規事業・朝鮮出兵も、軍事的に領土を拡げる古い方法
だったが、結果は大失敗だった。これが契機となって家臣団は分裂、豊臣家は
滅びてしまう。武士社会の成長時代は、百年ほどで終わったのである。

////////////////// 堺屋太一著 ///






134 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/09/26(月) 23:56:53

/// 日本における「文明の犯人」 27 ////

        成長意欲のある大名を潰した家康

 ゼロサム社会で成長を望む者が現れると、安定が失われる。そのことを
知っていた徳川家康は、これからは成長を期待すべきでないことを、武家社会に
徹底的に教え込む必要を痛感した。そのために家康は、いささかでも成長意欲
のある大名は潰した。
 まず福島正則が潰される。関ケ原の合戦では最大の功労者として、安芸と
備後四十七万石の大名になった正則を一難くせとしかいいようがない理由で
取り潰してしまう。ほんとうの理由は、この男に強い成長志向があったこと、
そしてそういう者は潰されることを、世間に知らせるためであったろう。

////////////// 「日本とは何か」 ///






135 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/10/02(日) 20:15:18

/// 日本における「文明の犯人」 28 /////

 関ケ原の合戦で西方についた大名は、敗戦によってほとんどが取り潰されるが、
そのとき、禄高は減っても生き残った者は、その後で潰されることはまずなかった。
上杉、毛利、佐竹、立花などは禄高が一度は減るが、爾後は長く安泰だった。
鍋島や島津に至っては、ほぼ旧領安堵の形である。
 家康と二代将軍秀忠が元和以降に潰したのは、関ケ原の合戦において、
忠勤これ努めた人々である。
 もともと徳川家に反抗した大名を潰しても、「昔の怨み」と見られるだけだが、
忠義な者を潰すと、その理由をみんなが考える。それによって家康は、
成長志向を持つことがいかに危険か、実物教育をしたかったのだ。

///////////////////// 1991年刊 ///






136 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/10/05(水) 22:00:15

/// 日本における「文明の犯人」 29 ////

 現在でも、中小企業のいくつかが倒産した程度では、誰も驚かない。
バブル経済の崩壊、土地神話の消滅を顧うのなら、「絶対に大丈夫だ」、
「まさか政府も見捨てられまい」、と思われている一流大企業が、ただ
土地投機という理由だけで倒産したなら、世の中は非常に衝撃を受けて、
各企業とも二度と土地投機には手を出さなくなるだろう。それを家康は
意図的にやったのである。

/////////////////// 講談社文庫 ///






137 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/10/10(月) 20:38:07

/// 日本における「文明の犯人」 30 ////

 福島正則、加藤清正、加藤嘉明ら、豊臣恩顧の大名でありながら
関ケ原では徳川に加担して働いた人々の家をつぎつぎと取り潰した。
なかでも悲劇的なのは、最上義光だ。この大名は徳川家康に忠実で、
関ケ原の合戦のときには上杉景勝の軍隊を一手に引き受けて大奮戦、
多くの犠牲者を出した。しかも最上義光は、長男が豊臣秀吉に乞われて
大坂城に在って豊臣秀頼と親しかったというだけの理由で殺してしまう。
徳川家康も、織田信長に武田と内通する嫌疑をかけられた長男の
信康と妻の築山殿を殺しているが、最上義光の場合はもっと極端だ。
嫌疑のかかる前に息子を切腹させたのだから。

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138 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/10/16(日) 18:38:49

/// 日本における「文明の犯人」 31 ////

 それほどの忠勤を励んだ最上義光の家を、家康はあえて取り潰した。
最上家には戦国の覇気、つまり成長意欲があると見たからである。
 さらに家康は、武士がヒゲを生やすことも好まなかった。もともとヒゲは
強く見せるために生やすものと見られていたが、強く見せようなどという
考え自体、戦場での武勲を求める成長意欲の発想である。
 このため、大名はみなヒゲを剃り、かえって間が抜けたように見せようと
努めた。加賀百万石の前田家三代目の殿様前田利常のごときは鼻毛を
伸ばしてその先にトンボをつけて歩いた、というエピソードまである。

////////////////// 堺屋太一著 ///






139 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/10/21(金) 21:27:02

/// 日本における「文明の犯人」 32 ////

 ここまで成長意欲を禁止されると、「武士は何のために生きるのか」
という疑問が湧いてくる。
 これに最初の解答を与えたのが鈴木正三(江戸前期の仮名草子作者)だった。
彼は、「武士は物欲を捨てて精神修養に努めるべきだ」という哲学を打ち出した。
 おそらく鈴木正三は、この発想を儒教のなかから考え出したのであろう。
朱子学以降の儒教は、勤勉を奨励するが、その勤勉とはけっして物的生産を
励むことではない。学問的勤勉さや礼法への忠実など、物的生産以外のことを
勧めている。この学説を興した朱熹(茱子の本名。一一三〇年〜一二〇〇年)が
生きたのは、中国亜近代の末期の商宋時代、成長が期待し難くなった頃だった
ことは注目に値する。

//////////////// 「日本とは何か」 ///






140 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/11/01(火) 21:27:47

/// 日本における「文明の犯人」 33 ////

 鈴木正三の考えは、徳川幕藩体制下での武士階級には一つの解答と
なった。彼らはもともと生産的な階級ではない。したがって、物質的な豊かさを
競わなくとも、剣の腕や儒学の教養を評価されれば、武士社会ではそれなりの
名誉を得ることができた。幕府はそれに応じるように、物財の豊かさ(禄)と
権限の大きさ(権)と格式の高さ(位)とを別個のものとし、それぞれに
ある程度の満足と不満を分かち合う制度をつくっていく。禄は外様の大名が多く、
権は幕閣に加わる旗本に強く、位は京の公家が高い。物財の豊富な時代から、
それが乏しい時代への転換が、支配階級としての武士社会から用意された
わけである。

///////////////////// 1991年刊 ///






141 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/11/08(火) 21:07:16

/// 日本における「文明の犯人」 34 ///////

    日本的勤勉とソフトウェア文化

        商家の家訓にはゼロサム社会での生き方

 しかし、この時期(幕初)には、経済はまだ急成長をつづけていた。戦乱の
終焉と社会の安定によって、軍事に投入されていた資金と人材が土地開発や
商業活動に投入された結果、経済は発展し人口は増加した。一六〇〇年の
関ケ原合戦から元禄中頃までの約百年間に、またしても人口が二倍近くになり、
国民総生産が三倍になったと見られている。

///////////////////// 講談社文庫 ///






142 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/11/14(月) 21:36:02

/// 日本における「文明の犯人」 35 //////

 しかし、この成長も元禄中頃をピークに急速に終焉する。技術の停滞と
資源供給の限界から、投資対象がなくなったのだ。これによって、経済界
つまり町人の社会にもゼロサム現象が現れた。
 その結果、第一にカネ余り現象が出現、金利が下落する。徳川時代には
高利貸しが多かったが、信頼できる投資対象への貸出金利はじつに安い。
享保以降になると、当時のプライムレートともいうべき大名貸しは三パーセント
以下、はなはだしいときにはニパーセントをさえ下回った。効率のよい開発
プロジェクトがなくなったからだ。つまり、ヒト余りモノ不足になったのである。

////////// 講談社より絶賛発売中! ///






143 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/11/22(火) 22:28:13

/// 日本における「文明の犯人」 36 /////

 第二に猛烈な不況が起こる。元禄末期から宝永にかけて景気は下り坂となり、
華やかな楽観主義は姿を消し、悲観的厭世的な気分が流れる。近松門左衛門の
心中ものが流行したのもこの時代だ。それはやがて享保の大不況、大飢饉へと
つづいていく。
 第三には、町人社会でも成長志向潰しが起こる。新興成金の紀国屋文左衛門、
奈良屋茂左衛門が倒産、投獄の憂き目を見たし、戦国以来の老舗・淀屋辰五郎も
闕所(財産没収、大坂追放)の処罰を受けた。「その贅沢目にあまる」という、
あいまいな理由だった。

//////////////////// 堺屋太一著 ///






144 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/11/28(月) 21:57:32

/// 日本における「文明の犯人」 37 ////

 町人はもともと豊かさを求める階級であり、資産の多寡でこそ評価が定まる
人々だ。それにもかかわらず、社会全体としての成長性は乏しくなり、資産を
蓄え生活をエンジョイすることが悪となれば、深刻な問題に突き当たる。
経済経営の次元だけではなく、人間はいったい何のために働くのか、商人たる
者は何故に勤勉であらねばならないか、という人生論的哲学問題が起こってくる。
元禄末期から享保にかけて約五十年間、日本の町人社会はこの問題を
前にして七転八倒の苦悩を味わう。

/////////////// 「日本とは何か」 ///





145 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/12/08(木) 22:01:50

/// 日本における「文明の犯人」 38 ////

 この間に多くの商家に家訓が生まれた。鴻池家訓や三井家訓などは、この
時代期のはじめに書かれたものだ。したがって、これらの家訓は「守りの教訓」、
つまりゼロサム社会のなかで見失われがちな商人道徳と生き残り策とを主眼
にしている。なかでも強調されているのは、贅沢を戒め、怠慢を叱り、人間関係の
たいせつさ、つまり不況に備えての財貨の蓄積と勤勉慣習の維持と忠誠心の
確保をすることだ。

///////////////////// 1991年刊 ///






146 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/12/14(水) 23:58:11

/// 日本における「文明の犯人」 39 ////

 たしかに個人または一商家としては、その通りであろう。しかし、みんなが
勤勉に働き、みんなが倹約したら、経済のマクロ・バランスが崩れることも
明らかだ。日本国全体としては、生産ばかり増えて需要が著しく不足する。
つまりミクロの正義がマクロの不幸を招く「総合の誤謬」が生まれてくる。
 賢明にも日本人は、この矛盾に早々と気づき、それをどう解決すべきかに
苦しんだ。じつはこれは、古代末期、西暦二世紀から五世紀にかけて、
地中海世界や中国の人々が遭遇した問題である。その結果、彼らは物的な
豊かさよりも内面的充実を図る宗教へと流れていった。日本の場合にもそうした
動きはあった。その典型は、伊藤身禄が提唱した富士講である。

//////////////////// 講談社文庫 ///





147 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/12/23(金) 19:20:15

/// 講談社文庫 ///////////////

    堺屋太一著 「日本とは何か」, 1991年 講談社発行
    講談社文庫, 税込価格:\580, ISBNコード: 4061855948

http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi/3e3b1af5af17e01031ae?aid=&bibid=01047403&volno=0000
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http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?W-NIPS=9940084056
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148 : ◆EYAdXfgv.Q :2005/12/24(土) 21:09:06

/// 日本における「文明の犯人」 40 ////

        勤勉と倹約の矛盾に答えた石門心学

 伊藤身禄は、三井家と同じく伊勢・松阪の出身で、江戸に行って商家を興し、
大成功をおさめた。きわめて勤勉かつ倹約の伊勢商人の一人であったらしい。
ただこの人の他と違ったところは、みんなが一生懸命に働いて倹約すると
マクロ・バランスが崩れることに気づき、その解決を探索した点である。彼が
到達した結論は六根清浄を唱えて富士山に登ることであり、実質的な
富士講の開祖となった。

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149 : ◆EYAdXfgv.Q :2006/01/01(日) 00:08:24

/// 日本における「文明の犯人」 41 ////

 「銭金は浮世を渡る船筏」と唱えるように、富士講はきわめて現世的な
金銭肯定の思想だが、その一方では、六根清浄といいつつただただ富士山に
登る「徒労の勧め」でもある。勤勉でありかつ倹約であることが生産過剰を
生まないためには、「徒労」をくり返すほかはないというのだから、当時の
町人たちの悩みがいかに深かったか分かるだろう。
 それでも、富士講の共鳴者は多く、一時はかなりの勢力にもなった。
しかし批判もあった。あまりにもあからさまな徒労では、積極的な解決には
ならないからである。

//////////////////// 堺屋太一著 ///





150 : ◆EYAdXfgv.Q :2006/01/06(金) 22:18:28

/// 日本における「文明の犯人」 42 /////

 この問題に最終的な解決を与えたのは、石田梅岩である。この人は丹波の
出身で、京都に出て呉服屋の丁稚になったが、その呉服屋が倒産してしまう。
しかし梅岩はそれを親にもいわず、無給で丁稚をつづけていた。おそらく極度に
厳格だった父親の影響だろう。
 石田梅岩の父親は百姓だったが、梅岩が子供の頃、栗を拾って家に持ち帰ると、
その栗は山の境界線の右に落ちていたか左に落ちていたかと問いただし、
左に落ちていたと答えると、「それはウチの山のではないから戻してこい」
といって夜中に山へ行かせたという。

///////////////// 「日本とは何か」 ///





151 : ◆EYAdXfgv.Q :2006/01/12(木) 22:43:24

/// 日本における「文明の犯人」 43 ////

 この父親は、梅岩が奉公に行くときも「奉公先は親と思え、親である以上は
奉公先の恥をいいふらすようなことをしてはいけない」と諭した。梅岩はその
教えを守って、奉公先が倒産したことを父親にも言わなかったのだ。結局、
何年か経って親が様子を見にきて、店は閉まり生活は極貧、さすがに憐れに
なって梅岩を連れて帰った。それからしばらく、梅岩は丹波で百姓をしていたが、
二十歳を過ぎてから、ふたたぴ京都に出て黒柳という呉服屋の丁稚になった。

///////////////////// 1991年刊 ///





152 : ◆EYAdXfgv.Q :2006/01/13(金) 22:56:11

/// 日本における「文明の犯人」 44 ////

 普通、丁稚は十二、三歳からはじめ、二十歳前後になると手代に、三十歳前後で
番頭に出世する。石田梅岩は、手代になる年齢で新入の丁稚として黒柳に入った
わけだ。いまでいえば、三十歳で中卒扱いで入社した落ちこぼれのようなもの
だったろう。
 それでも延々と丁稚を務めて、やっと四十歳ほどで番頭になる。たいていの人なら、
番頭を終えて退職、一家を構えて妻帯する年頃だ。当時の商家では、番頭でも
住み込みの間は結婚できなかった。
 人生五十年といわれた時代に、四十歳近くなってはじめて妻帯できるというのだから、
徳川時代の商売人はきわめて禁欲的だ。モノ不足のゼロサム社会で安定を目指す
ためには、それが必要だったのだろう。

///////////////// 講談社文庫 ///






153 : ◆EYAdXfgv.Q :2006/01/15(日) 20:02:16

/// 日本における「文明の犯人」 45 ////

 これでは女郎屋通いがはやったのも不思議ではあるまい。江戸の女郎屋は
単身赴任の武士がおもな客だったが、大坂のそれは商家の手代番頭である。
大坂には南の道頓堀に芝居小屋があり、北の新地に女郎屋があった。歓楽街を
市の真中におくと、手代や番頭がちょっとの暇に遊びに行ってしまうから、
それができないように、あえて時間のかかる南北両端においたのだ。ソフトを
考えた都市計画といえる。
 石田梅岩は長い青春をこの禁欲的な世界で過ごし、四十歳になってやっと
番頭になった。ここで彼は退職して塾をはじめるのだが、その間にいろんな
啓示を受けて、石門心学の基本を悟ったといっている。

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154 : ◆EYAdXfgv.Q :2006/01/20(金) 21:25:02

/// 日本における「文明の犯人」 46 ////

        日本人の労働観、勤勉観のもとになった石門心学

 石門心学の基本は「諸業即修業」、という言葉に尽きる。すべての業 - 農業商業
など - に一生懸命に従事することは人格の修業になる。仕事は生産活動である
以前に人格の修業である、とする考えだ。
 だから人間はまず勤勉でなければならない。勤勉でなければ立派な人格は磨けない。
同時に仕事が人格修業であれば、生産効率にこだわる必要がない。つまり、勤勉と
倹約の両立を、人格養成という教育哲学に転化することで、経済的生産性を無視
するようにと説いたのである。

////////////////// 堺屋太一著 ///





155 : ◆EYAdXfgv.Q :2006/01/21(土) 21:35:27

/// 日本における「文明の犯人」 47 //////

 石田梅岩の発想をまとめたことばに「人、三刻(六時間)働きて三石の米を得。
我、四刻(八時間)働きて三石と一升を得。何と素晴らしき」というのがある。
三刻働いて三石なら、一刻当たりの生産性は一石だが、四刻働いて三石と一升なら、
最後の一刻は生産性は百分の一になる。しかし、四刻働くことが人格の修業に
なるのであれば、なおかつ一升でも増えれば素晴らしい、というわけである。
 この考え方は当時の日本人の悩みに適切な解答を与えたため、急速に拡がって
いった。石田梅岩が番頭を辞めて京都で塾を開き、最初は通りに向かってただ
一人講義をやった。そのとき聞いていたのは大根をぶら下げた百姓一人だけだった、
と梅岩自身が書いている。

//////////////// 「日本とは何か」 ///




156 : ◆EYAdXfgv.Q :2006/01/23(月) 21:23:00

/// 日本における「文明の犯人」 48 ////

 ところが、これがたちまちにして共感を得、三年後には大坂分校まで
できている。アッという間に全国に広まり、「石門心学」といわれる思想体系
にまで発展したのである。
 戦国時代以来の歴史と社会風潮を長々と書いてきたのはほかでもない。
この「石門心学」が、今日に至るも日本人独特の労働観と勤勉観を生み、
現在の日本の商品・サービス市場にも重大な影響を与えているからである。
 マックス・ウェーバー(一八六四年〜一九二〇年)は、ヨーロッパの
資本主義精神は、プロテスタンティズムから生まれた、と指摘している。

//////////////////// 1991年刊 ///





157 : ◆EYAdXfgv.Q :2006/01/29(日) 21:43:34

/// 日本における「文明の犯人」 49 //////

 中世ヨーロッパを支配したカトリックの思想は、中世のモノ不足時代に完成したため、
物財の豊富さには興味を示してはならないという「清貧の哲学」で貫かれている。
プロテスタントもマルチン・ルター(十六世紀の宗教改革者)が宗教革命の火ブタを
切った当初は単純素朴、むしろカトリック教会の権威に名をかりた金集め主義を批判
するものだった。ところが、時あたかもルネッサンス期、イタリアやスペインでは
物財に対する関心が高まり、写実美術と地理的発見が進んでいる最中だったから、
物財の生産に注目するカルビニズム(十六世紀の宗教改革)が起こり、まず「勤勉」が
肯定される。これが中世以来の清貧と結びついたから、勤勉かつ倹約の清教徒
(ピューリタン)思想が生み出された。

///////////////////// 講談社文庫 ///




158 : ◆EYAdXfgv.Q :2006/02/03(金) 22:12:02

/// 日本における「文明の犯人」 50 ////

 しかし、勤勉で倹約ならマクロ・バランスがとれないのは、日本もヨーロッパも
同じだ。このため一時は、イギリスに清教徒革命を起こすほどの勢力を持った
ピューリタンも、結局はヨーロッパに住めなくなり、アメリカ大陸へ移住せざるを
得なくなってしまう。勤勉かつ倹約を唱える清教徒の安住の地は、資源が豊富で
土地が広いアメリカにしかなかったのだ。
 これに対して、新大陸への移住も輸出拡大もできなかった日本の町人は、
思考的苦闘の末に、「石門心学」に救いを見出した。ヨーロッパで勤勉にして
倹約を唱えた人々が、アメリカに渡って原始林と戦っていた頃、日本の町人たちは
勤勉に人格修業性を認め、少ない資源と土地に「一所懸命」の努力をしていたのだ。

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159 : ◆EYAdXfgv.Q :2006/02/05(日) 17:34:29

/// 日本における「文明の犯人」 51 ////

 ところが、同じプロテスタントでも、かつてユグノー派(十六〜十八世紀のフランスの
宗教改革者たち)と呼ばれた人々は、勤勉を肯定する一方で清貧を否定した。
勤勉に働き財産を築けば、それを使って大いに人生を楽しめばいいではないか、
と考えたのである。この思想も、カトリックからは大弾圧を受け、フランスから
追い出されてベルギーやオランダに移動する。これこそマックス・ウェーバーのいう
資本主義の精神につながるプロテスタンティズムであった。この精神に基づき、
十七世紀のオランダは生産を伸ばし、海運を発展させるとともに、需要豊かな
市民文化をも展開した。

//////////////////// 堺屋太一著 ///





160 : ◆EYAdXfgv.Q :2006/02/12(日) 17:28:39

/// 日本における「文明の犯人」 52 //////

 日本の石門心学は、勤勉を重視すると同時に倹約=清貧をも善とした点で、
ウェーバー的プロテスタンティズムとは大きく異なっている。しかもそれを
人格修養と結びつけたことによって、外国には見られない独特の労働観を生み、
人間評価をもつくり出した。たとえば、禅宗の修行では、まず最初に拭き掃除を
毎日やらす。そうした仕事を勤勉にやれば禅の心が分かるというのである。
しかし、これは禅本来の思想ではなく、石田梅岩の思想を取り入れた結果である。

////////////////// 「日本とは何か」 ///





161 : ◆EYAdXfgv.Q :2006/02/17(金) 21:55:32

/// 日本における「文明の犯人」 53 //////

 禅宗だった石田梅岩が石門心学を唱えたことで、日本における禅思想は大きく
変わった。というより、鎌倉時代の禅とはまったく違ったものになった。
 中世の中国で生まれ鎌倉時代に日本に持ち込まれた禅本来の思想はきわめて
禁欲的形而上学で達磨大師のように九年間も壁に向かって思索と内省に努める
ことこそ偉大だとした。壁に向かわないで農耕にいそしんだのでは尊敬されない、
勤勉ではなく清貧を重んじる中世思想の一つである。

///////////////////////// 1991年刊 ///





162 : ◆EYAdXfgv.Q :2006/02/23(木) 21:03:28

/// 日本における「文明の犯人」 54 ////

 欧米で、現在の日本を誤解させているグループの一つに、禅の研究家たちがいる。
彼らが研究の対象にしているのは、主として鎌倉禅であり、生産活動を嫌い精神修養
のみを求める中世思想である。このため禅研究家のなかには、日本人の労働観を
誤解し、今日の日本人が会社で長時間働くのは、政府と企業による強制としか
考えられないと主張している。
 しかし、今日、日本人が知っている禅は鎌倉禅とはまったく違ったもの、徳川時代
中期以降に石田梅岩の思想を加えてつくられた禅である。同じ名称を受け継ぎ、
同じ組織を継承していても、時代によって内容は違ってくるものだ。

///////////////// 講談社文庫 ///





163 : ◆EYAdXfgv.Q :2006/03/02(木) 20:54:54

/// 日本における「文明の犯人」 55 ///////////

        勤勉に遊ぶ日本人

 「石門心学」の「諸業即修業」の思想は、モノ不足ヒト余りがつづいた
徳川時代にあらゆる面に広まり大きな影響を与えた。たとえば、かつての
農民は暇さえあれば田んぼへ行った。今日は暇だから草引きでもしよう、
今日は用事がないから麦踏みしようというように、「遊んでいてはもったいない」
という発想で生産性を無視して働いた。そうしなければ、農民としての
人格が疑われたからである。

//////////////// 講談社より絶賛発売中! ///





164 : ◆EYAdXfgv.Q :2006/03/07(火) 21:41:27

/// 日本における「文明の犯人」 56 ////

 いまでも果物屋などには、休日なしで夜遅くまで開けている店がある。
そういう店に行って、午後九時以降に買いにくる客の人数を聞くとせいぜい
二、三人、売上げにして五、六千円にすぎないという。照明費などを差し引くと
大した儲けにもなっていない。それでも店を開けているのは「どうせ奥の
部屋に引っこんでいても店番しても大差がない」という。無為なる時間の否定、
何もしない時間を「もったいない」と思う日本人の価値観の現れだ。

////////////////// 堺屋太一著 ///





165 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2006/03/09(木) 02:10:28
これって本を見ながら打ち込んでるの?
誤変換がまるで無いのがすばらしい。

166 : ◆EYAdXfgv.Q :2006/03/16(木) 20:52:08

/// 日本における「文明の犯人」 57 ////////

 日本人は「無為なる時間」に価値を認めない。このことはレジャーやバカンスに
ついてもいえる。もともと「バカンス」というのは「大いなる空白」という意味だ。
欧米人の発想では空白でなければバカンスではない。だが日本人は、バカンス
といえばスポーツか旅行か観劇か音楽鑑賞か、何かをする時間だと思っている。
新聞論調にも「休日は増えたけど依然としてゴロ寝組が多い」と嘆かわしげに
書いている。ゴロ寝こそが本当のバカンスだ。別荘でも、海岸や野山でも、
「無為なる時間」を過ごすために行くのだ、とは思ってもみない。

/////////////////// 「日本とは何か」 ///



167 : ◆EYAdXfgv.Q :2006/03/23(木) 20:55:47

/// 日本における「文明の犯人」 58 ///////

 だから、日本人は短い休暇を勤勉に遊ぼうとする。ハワイの観光局の調査では、
日本人が三泊四日でくれば、アメリカ本土の人が二週間滞在するのと同じ額の
お金を使うという。アメリカ人は海岸でブラブラして二週間を過ごすが、日本人は
タクシーを雇ってあちこちを見物し、買い物にまわり、やたらとゴルフに出かけるので、
一日当たりの消費金額は数倍になる。
 これが現在の若者になると、さらに著しい。自分の好き嫌いにかかわらず「スキーを
やらないと嫌われる」、「スキューバ・ダイビングができないのは格好が悪い」と
必死に訓練をする。何が流行か何をみんながしているかを、流行情報誌で探す。
彼らの「遊び」は、格好よく見せ仲間を集めるための「修養」なのである。

//////////////////////// 1991年刊 ///





168 : ◆EYAdXfgv.Q :2006/03/31(金) 22:54:22

/// 講談社文庫 ///////////////

    堺屋太一著 「日本とは何か」, 1991年 講談社発行
    講談社文庫, 税込価格:\580, ISBNコード: 4061855948

http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi/3e3b1af5af17e01031ae?aid=&bibid=01047403&volno=0000
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169 : ◆EYAdXfgv.Q :2006/04/05(水) 22:30:20

/// 日本における「文明の犯人」 59 //////

        細部重視のトータル下手

 資源の限られた社会において、無為なる時間を嫌って勤勉に働くとなれば、
少ない資源と土地に多くの労働が注がれる。その結果は細部にこだわり、
限られた材料に多くの労働力を注ぎ込む美意識が生まれる。文字通りの
「一所懸命」こそが生産者の勤勉の証、つまり人格高潔の証明ともなるのだ。

///////////////////// 講談社文庫 ///




170 : ◆EYAdXfgv.Q :2006/04/13(木) 21:02:46

/// 日本における「文明の犯人」 60 ///////

 そうだとすれば、細心の注意と目立たぬ心配りが重要になってくる。これが
極まれば、おのずから製品自体の機能や見ばえからは遊離した部分に凝る
現象が生まれる。ここから、外国のマイスター(職人)とは違って、どうでもよい
ところを指摘して自らの勤勉を実証する日本的「職人芸」または「職人気質」が
生まれた。着物の裏の仕立て様、什器の底の木目、溶接の背面などが、この国の
市場ではいまも重要だ。それが十分に配慮されていない外国製品は日本では
売れないのである。

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171 : ◆EYAdXfgv.Q :2006/04/23(日) 20:49:56

/// 日本における「文明の犯人」 61 //////

 かつてあるテレビ会社が、アメリカの家庭用品である鍋を画面に紹介して
注文をとって売ったことがある。ところが、商品が発送されると苦情が殺到した。
その鍋は周辺が塗装されていたが、火がかかる底の部分には当然ながら
塗装がない。それを買った消費者の苦情は、この塗装してある部分と
してない部分との境界がきれいな円ではなく、ペイントの流れや滲みがある、
というものだ。

////////////////////// 堺屋太一著 ///





172 : ◆EYAdXfgv.Q :2006/05/01(月) 22:34:03

/// 日本における「文明の犯人」 62 /////////

 販売したテレビ会社は、アメリカの製造会社にペイントが流れ落ちている部分を
直すよう要求した。これにアメりカの会社は驚いた。鍋には熱いものが入って
いるから目より高く上げて底を見るのは危険である。鍋の底は見えないのだから
どうでもよいではないか、というのがアメりカ側の回答だった。しかし、日本人は
そういう見えないはずのところにこそこだわる。
 見えないところまで凝る日本的職人気質は、それによって自分の勤勉さ、
引いては人格的高潔さを主張する。そしてそれこそが玄人(専門家)だと信じて
疑わない。結果としては、日本の玄人は細部を重視するあまり、全体を軽視する
傾向が強くなる。

//////////////////// 「日本とは何か」 ///





173 : ◆EYAdXfgv.Q :2006/05/07(日) 20:33:03

/// 日本における「文明の犯人」 63 ///////

 建築物にしても、細部の施工は何とも見事だ。たとえばパネルの貼り方
などはじつにていねいで、床のタイルもセンター(中心)から両側に貼り分けて
双方の隅に同じだけ余らすようにする。外国では一方から順番に貼っていって、
半端は片側にだけ残す例が多い。それでも両側が同時に見えない広い
部屋では、違いもわからないし、何の影響もない。しかし、日本の専門家たちは、
そんな「横着」をけっして見逃すことがない。

//////////////////////// 1991年刊 ///





174 : ◆EYAdXfgv.Q :2006/05/09(火) 22:23:48

/// 日本における「文明の犯人」 64 /////////

 その半面、ビル全体を見ると、外国のほうがむしろ格好がよい。さらに
街全体となると外国の街はじつにきれいに映える。細部を重視する日本では、
細部担当者の意向を抑えて全体調整を行うことが難しいからだ。
 このことは組織そのものにも影響している。日本の組織は、トップのコントロール
は弱く、部課長や係長の権限が強い。細部を担当する下部にこそ権限がある。
資源が不足しているなかで、勤勉を重んじ労力を猛烈に投入してきた徳川時代、
とくに享保以降の日本人の思想が、そこにも反映されているのである。

///////////////////////// 講談社文庫 ///



175 : ◆EYAdXfgv.Q :2006/05/12(金) 22:07:09

/// 日本における「文明の犯人」 65 ////////////

 今日、日本の工業製品の輸出競争力の強さの秘密は、この細部のよさ
である。トータル・デザインを外国から導入して、細部を日本的勤勉さで
製作すれば、品質良好な製品が生産できる。逆に、外国製品が日本で
売れない理由の一つは、細部の悪さ、小さな故障の多さにある。これから
日本が世界的な市場になるためには、そうした日本市場の特殊性を
知らせなければならない。また、その特徴は最近生まれたのではなく、
日本の歴史と伝統に根差したものであることをも知らせる必要があるだろう。
 日本の直面する経済摩擦には、集団主義や成長志向による供給者側の
問題点ばかりでなく、この国の消費者の独特の美意識もまた、大きな要因に
なっているのだ。

//////////////// 講談社より絶賛発売中! ///





176 : ◆EYAdXfgv.Q :2006/05/17(水) 21:50:45

/// 日本における「文明の犯人」 66 //////////////

        資源不足が生んだソフトウェア文化

 モノ不足ヒト余りの時代が長かったことは、もつ一つ重大な影響を残した。
資源を必要とするハードウェアよりも、人手によってその利用価値を
高めるソフトウェアが重視されることである。
 世界中にあって日本にはないものは「都市城壁と手錠」といえる。
前者についてはすでに何度も述べたが、後者の手錠が欠落しているのも、
それに劣らず重要である。

////////////////////////////// 堺屋太一著 ///





177 : ◆EYAdXfgv.Q :2006/05/21(日) 20:50:12

/// 日本における「文明の犯人」 67 //////

 人間の社会では、犯罪人や戦争捕虜など身体の拘束が必要な人物が
必ずいる。それだけに、手錠や足枷、首枷などの身体拘束器具は、どこの
国でも早い時期に生まれた。ところが日本だけは、西洋文明を真似た
戦国時代にごく少数つくられたらしいほかは、明治に至るまで、まったくなかった。
いや昭和のはじめまでまだ少なく、大部分の警察官は「捕縄」を腰に
ぶら下げていた。
 日本に身体を拘束すべき犯罪人がいなかったわけではない。日本人は、
それを縄という汎用材で間に合わせ、手錠、首枷のような専用具はつくらなかった。
捕縛者の身体を傷つけず、かつ逃げられないように人間を縛ることは簡単
ではない。相手もプロの盗賊や間者になれば「縄抜けの術」などを心得て
いるからなおさらだ。

////////// 講談社より絶賛発売中! ///





178 : ◆EYAdXfgv.Q :2006/05/28(日) 20:06:43

/// 日本における「文明の犯人」 68 ////////

 このため日本では「縛り術」なるものさえ考えられた。これが徳川時代
中期以降になると様式化され、相手の職業(身分)、性別、年齢によって
十三種類にも分かれる。武士用、町人用、僧侶、女性など、それぞれに
型が決まっており、これだけを習熟するためにも三年の修業が必要とされた。
それでも、この国では、手錠という便利な専用具をつくろうという発想は、
ついぞ生まれなかった。ハードウェアに頼るのは、専門家として恥ずかしい
ことだったのだ。

//////////////////// 「日本とは何か」 ///




179 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2006/05/29(月) 01:32:20
相続税を100%にせよ!

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180 : ◆EYAdXfgv.Q :2006/06/02(金) 21:23:03

/// 日本における「文明の犯人」 69 ///////

 このことは、あらゆる面に見られる。外国の住宅は、食堂、居間、寝室と
機能的に分かれているが、日本の住宅は同じ形式の座敷が並び、ソフトウェア
(利用技術)によって食堂にも居間にも寝間にも使う。襖をはずせば大広間、
冠婚葬祭も自宅で行えるという便利さだ。
 食事に使う道具も箸一つ。ナイフ、フォーク、スプーンからエスカルゴ専用の
ハサミまで並べる洋食とは大違いだ。その代わりに、茶道のようなソフトウェアが
発達した。モノ不足ヒト余りの徳川時代には、専用具に頼らず、ソフトウェアで
解決することが専門的知識と人格高潔の証と見られていたのである。

//////////////////////// 1991年刊 ///





181 : ◆EYAdXfgv.Q :2006/06/06(火) 21:54:00

/// 日本における「文明の犯人」 70 //////////

        「型の文化」が生んだ教育大国

 専用具に頼る欧米では、特定の専門家が器具を生産して供給すれば、
他の人々はさほどの苦労もなくそれを利用できる。しかし、ソフトウェア
文化の日本では、消費者それぞれが利用技術を習得しなければならない。
当然、そのための伝授、教育が必要になる。このためにまず、伝授する
教師を大量に育成する必要がある。それを可能にするため、徳川時代
中頃からはソフトウェアの様式化、つまり「型の文化」が確立される。

///////////////////////// 講談社文庫 ///





182 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2006/06/09(金) 00:44:05
相続税はもっと累進的にかけ、
金持ちは一代限りで終わらせなければならない。

私腹を壊さないと、資本主義は駄目になってしまう。

政府は取った遺産を法人で所有させるか、所得再配分にするか、
新規ベンチャーへの資本として有効に生かせばいい。

生まれがどこでも競争が出来る社会にするのが好ましい。

生 活 苦 で 自 殺 し て い っ た 無 数 の 霊 魂 が

そ の う ち 優 雅 に 暮 ら す 金 持 ち を 呪 う の で は な い か

も の を 祖 末 に し て は い け ま せ ん

こ こ ろ を 祖 末 に し て は い け ま せ ん

お 金 を 祖 末 に し て は い け ま せ ん

相 続 贈 与 税 は 生 活 困 窮 者 救 済 の 財 源 に す べ き だ




183 : ◆EYAdXfgv.Q :2006/06/12(月) 21:51:59

/// 日本における「文明の犯人」 71 ///////

武道にも茶・華道にも、囲碁将棋にも、読み書きソロバンの教育にも、
「型」が定められ「定跡」ができ上がる。「型」さえ覚えれば、まず基礎基本は
できるのだから、「型」だけ教えられる者でも初等教育の教師は務まる。
徳川時代後半に、全国の農村にまで寺子屋や武芸道場が広まったのは
このためだ。
 一方、一般庶民のほうも物財よりもソフトウェアを重視、子孫に金銀財宝を
残すよりも教育をつけることに熱心になった。幕末期において、すでに
日本が「教育大国」だったのもこのためであろう。

/////////// 講談社より絶賛発売中! ///





184 : ◆EYAdXfgv.Q :2006/06/20(火) 21:53:46

/// 日本における「文明の犯人」 72 ///////

 このことは、日本人の平等性と情報共通性を高めるとともに、
「生なりの文化」を純粋化するのにも役立った。万人に教えられる
「型」であれば、特殊技術の必要な、不自然な動作発想では
困るからである。
 その半面、個性と創造力を抑圧することにもなった。まず先人の
定めた「型」を教え込まれ、「型破り」は禁止され、「我流」は
軽蔑された。「我流」こそ個性であり、創造である。
 こうしたこともまた、明治以降の近代化、とりわけ戦後の
規格大量生産型工業社会の確立に大いに関係している。
この国では、欧米先進国から流入した技術や知識を「型通り」に
真似る中堅技能者が大量に養成できたのである。
・・・・・

////////////////////// 堺屋太一著 ///





185 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2006/06/21(水) 00:25:39
スレタイ通りだ

186 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2006/06/27(火) 01:02:14
相続税はもっと累進的にかけ、
金持ちは一代限りで終わらせなければならない。

私腹を壊さないと、資本主義は駄目になってしまう。

政府は取った遺産を法人で所有させるか、所得再配分にするか、
新規ベンチャーへの資本として有効に生かせばいい。

生まれがどこでも競争が出来る社会にするのが好ましい。

生 活 苦 で 自 殺 し て い っ た 無 数 の 霊 魂 が

そ の う ち 優 雅 に 暮 ら す 金 持 ち を 呪 う の で は な い か

も の を 祖 末 に し て は い け ま せ ん

こ こ ろ を 祖 末 に し て は い け ま せ ん

お 金 を 祖 末 に し て は い け ま せ ん

相 続 贈 与 税 は 生 活 困 窮 者 救 済 の 財 源 に す べ き だ


187 : ◆EYAdXfgv.Q :2006/06/27(火) 21:53:13

/// 講談社文庫 ///////////////

    堺屋太一著 「日本とは何か」, 1991年 講談社発行
    講談社文庫, 税込価格:\580, ISBNコード: 4061855948

http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi/3e3b1af5af17e01031ae?aid=&bibid=01047403&volno=0000
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061855948/qid=1044798070/sr=1-2/ref=sr_1_0_2/249-0943028-6665127
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?W-NIPS=9940084056
http://books.rakuten.co.jp/RBOOKS/0000497890/
http://www.7andy.jp/books/detail?accd=18956766
https://market.bookservice.co.jp/emp-bin/eh_writer.exe/top/main/detail.html?774420

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188 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2006/06/28(水) 01:59:47
貯金が貯まれば貯まるほど誰かの負債が増えるわけで、一方的に負債が増えれば、それ以上借りることができない状態になる。
つまり、貯蓄は最悪の不経済。

189 : ◆B77lBU26qk :2006/07/02(日) 21:10:26

/// 繁栄と限界 1 ///////////////////

堺屋太一著 「日本とは何か」 1991年 講談社発行より

・・・・・
第六章 最適工業社会の繁栄と限界
    最適工業社会への道
        「豊かさ」への仕組みとは

 これまで五章にわたって「日本とは何か」を論じてきた。
 日本には世界に類のない数々の特色のあることを述べ、その由来を
風土と歴史とから語ってきた。そうした特色が、今日の「豊かな日本」を
築くうえで大いに役立っていることをいいたかったからである。

///////////////// 「日本とは何か」 ///





190 : ◆B77lBU26qk :2006/07/07(金) 22:47:04

/// 繁栄と限界 2 ///////////////

 しかし、それだけでは日本が豊かになった説明にはなっていない。
日本の風土は有史以前からのものであり、日本人が実際主義の
気風を持ったのは千四百年も前からである。この国に共同体への
帰属意識の強い集団主義の気性が生まれたのも、情報共通性が
でき上がったのも、大昔のことだ。比較的新しい石門心学的勤労観や
細部重視の美意識が確立されてからさえ二百年以上も経つ。それにも
かかわらず、長い間、日本は貧しかった。この国が世界一流の豊かさを
誇るようになったのは、二十世紀の後半、とくに一九七〇年代からである。

////////////////// 1991年刊 ///






191 : ◆B77lBU26qk :2006/07/18(火) 23:10:51

/// 繁栄と限界 3 ////////////////

 したがって、日本の風土や歴史文化は、この国を豊かにする潜在的な
要素ではあっても、直接的な原因ではなかったのは明らかである。
一九七〇年代以降の日本が大いに豊かになり得たのには、これらの
諸要素を結合して生まれた「豊かになる仕組み」があったからだ。
この最終章では、その仕組みについて論じ、それと風土や歴史文化との
関わりをまとめることにしたい。
 だが、その前に、いま一度、日本の現状に立ち戻って日本社会の
構造と体質および気風と気性を明確にしておく必要があるだろう。
正確な現状認識がなければ、正しい結論には達しないからである。

////////////////// 講談社文庫 ///




192 : ◆B77lBU26qk :2006/07/23(日) 20:40:34

/// 繁栄と限界 4 //////////////////

        生産者の天国、消費者の地獄

 いま、日本がたいへん豊かな国であることは、誰もが認めるところだろう。
第一章で述べたように、一人当たりの国民所得は世界最高の水準に達し、
一人当たりの資産は世界断トツになり、国際収支は大幅な黒字をつづけている。
外国に対する投資も世界一なら、経済協力金額も世界一(一九八九年、
ただし九〇年にはアメリカに次いで二位)だ。しかも物価は安定し、失業者は
少なく、犯罪件数も事件発生率も少ない。このような豊かさを生み出したのは
何かを一言でいえば、「最適工業社会」である。つまり、近代工業の特色である
規格大量生産に最も適した世の中を、この国がつくり上げることに成功した
のである。

////////////////// 絶賛発売中! ///





193 : ◆B77lBU26qk :2006/07/30(日) 22:55:21

/// 繁栄と限界 5 //////////////////

 ところが、日本人一人一人の実感として、世界一の豊かさが信じられるか
といえば、必ずしもそうではない。確かに、戦前や終戦直後よりははるかに
豊かになったことは、誰もが認める。十年前に比べても豊かになった、という
人は多いだろう。だが、「世界一」といわれると首をかしげたくなるに違いない。
 「日本人の所得はアメりカを上回っている」といわれても実感がない。
「君たちは世界に稀なる資産家だ」といわれても白けた気分になる。
「日本の住宅は世界一流の広さ」といわれると、疑わしい気分になってしまう。
われわれの生活は、「豊かさ」とは無縁な不安と苛立ちに満ちているのである。

//////////////////// 絶賛発売中 ///





194 : ◆B77lBU26qk :2006/08/04(金) 22:57:53

/// 繁栄と限界 6 ///////////////////

 何故に日本人は、世界一豊かな状況にありながら、これほどまでに余裕と
安心のない生活に追われているのだろうか。それを一言でいえば「最適工業社会」、
つまり誰もが選択の余地の少ない規格品で暮らさなければならない世の中
だからである。
 人間は生産者であり消費者だ。生産者(稼ぐ人)として見れば、今日の日本人は
まことに幸せである。給与も高いし失業の心配も少ない。企業の経営も商店の
営業も保護されている。生産の現場は安全で清潔、労働秩序もきわめて厳格、
そのうえ相当数の人々は、会社の交際費でかなりの娯楽まで楽しむことができる。
日本の交際費は年間約五兆円、GNP比率で見れば、アメリカ、イギリスの六倍、
旧西ドイツの八倍にもなり、株式総配当額をはるかに上回っている。

///////////////////// 堺屋太一著 ///





195 : ◆B77lBU26qk :2006/08/12(土) 22:28:20

/// 繁栄と限界 7 ////////////////////

 その半面、消費者としての日本人はいたって不幸だ。物価は高いし家賃も高い。
電車も飛行場も満員だし、病院のベッドを取るのもコネがいる。役所の手続きは
やたらに複雑で書類の数は多い。何よりの不幸は選択の自由が乏しいこと、
小・中学校は厳格な通学区域で縛られていて、居住地によっていやな学校でも
強制的に入学させられる。病院の種類も少ないし、商店の種類も少ない。遊びも
安全基準と各種規制でがんじがらめ、ちょっと気の利いた買い物や遊びのためには
何十万円もかけて海外に行かざるを得ない。お金はあっても好きなことができない、
それが日本の現実である。

///////////////// 「日本とは何か」 ///





196 : ◆B77lBU26qk :2006/08/18(金) 21:42:39

/// 繁栄と限界 8 ////////////////

 要するにこの国は、「生産者の天国、消費者の地獄」なのだ。そうなったのも、
最適工業社会のせいである。
 では、何故に日本は最適工業社会になったのか、世界百数十ヵ国のなかで、ただ
日本だけが、最も厳密な最適工業社会をつくり得たのか。いま日本でまた世界で
論じられている日本論や日本人論は、結局のところこの問題に帰結するだろう。
 それだけに、この問題の解答には、これまで論じてきた日本的特色のすべてが
絡んでいる。この国の風土、牧畜と都市国家の経験を欠いた歴史文化を体系として
考えない実際主義、稲作農業の永い伝統から生まれた集団主義、初等教育を
広めるために便利な「型の文化」、そうしたもののすべてが、今日の最適工業社会の
形成に重大な影響を与えていることは間違いない。

////////////////// 1991年刊 ///





197 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2006/08/19(土) 01:58:36
貧民主主義革命を!
貧民中心の経済政策!
累進課税強化最大90%
相続税100%
法人税70%

198 : ◆B77lBU26qk :2006/08/24(木) 22:19:07

/// 繁栄と限界 9 ////////////////

 しかし、日本が古くから最適工業社会であったわけではないのも事実だ。
この国が規格大量生産型の工業において巨大な生産力と高い技術力を持ち、
自動車や電気製品の分野で世界を席捲せんばかりの勢いを示すように
なったのは、一九七〇年代から、たかだか二十年ぐらい前からである。
そのことを思えば、日本の風土や伝統が、日本人の集団性や実際性が、
それに役立っているというだけでは十分でないことは明らかだ。

///////////////// 講談社文庫 ///





199 : ◆B77lBU26qk :2006/09/02(土) 01:18:17

/// 繁栄と限界 10 ///////////////

 そこには、長い歴史のなかにつちかわれてきた日本社会の伝統的気風と
気性を、最適工業社会の実現に向けて働かせる決定的要素があったはず
である。そしてそれは、この国が飛躍的な産業発展を遂げる時期、つまり
この二十世紀において起こったことでなければならない。
 そのようなものを探すとすれば、やはり一九四一年(昭和十六年)に
確立された政策体系、いわゆる「官僚主導型業界協調体制(官導体制)」に
行き当たるであろう。

/////////////// 絶賛発売中! ///




200 : ◆B77lBU26qk :2006/09/08(金) 20:47:45

/// 繁栄と限界 11 //////////////////////

        産業革命の本質

 周知のように、近代工業は産業革命によってはじまった。そしてその
産業革命とは、十八世紀後半にイギリスではじまり十九世紀前半のうちに
西ヨーロッパやアメリカに拡がった産業経済の変革現象を指している。
日本にこの現象が波及したのは、十九世紀末から二十世紀初頭、
明治維新によって欧米の近代工業技術と近代的制度が流入、それを
完全な模倣で学びはじめて三十年ほど経った頃であった。

/////////////////////// 絶賛発売中 ///





201 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2006/09/08(金) 20:50:02
>>197
死ね

202 : ◆B77lBU26qk :2006/09/15(金) 22:03:57

/// 繁栄と限界 12 /////////////////

 前述のように、欧米人が近代工業技術を発明し利用し、それに適した制度や
組織をつくり出すまでには、三百年にわたる精神的遍歴と社会的葛藤があった。
その成果をたった三十年で受け入れたのだから、日本の速度は驚異的である。
だが、それだけに日本の「近代」の受け入れ方はごく表層的だった。その日本が、
七十年後にはどこの国よりも完全に近い近代工業社会(最適工業社会)を
築き上げたのだから、不思議といえば不思議である。
 しかし、そこには不思議ばかりではない理由もあった。日本は後進工業国
であったが故に、諸外国が経験した戸惑いや妥協なしに純粋な近代社会を
つくり得た面も多いからである。

///////////////////// 堺屋太一著 ///





203 : ◆B77lBU26qk :2006/09/21(木) 22:40:26

/// 繁栄と限界 13 ////////////////////////

 産業革命は、現象的に見れば、蒸気機関で動く大型機械群を使った
工業生産が社会の主要な生産形態として確立される現象、つまり、
一連の技術革新現象だった、といってよい。
 しかし、単なる技術革新ならそれ以前にもあったし、その後にも起こっている。
そのなかで、「十八世紀の後半にイギリスではじまり十九世紀のうちに
西ヨーロッパやアメリカ、日本に広まった蒸気機関で動く大型機械群の導入現象」
のみを、とくに「産業革命」として特記するのは、これを契機として、産業のみならず、
経済社会の全般が変革したためだ。つまりこの時期の一連の技術革新によって
近代工業社会が出現したのである。

////////////////////// 「日本とは何か」 ///





204 : ◆B77lBU26qk :2006/09/29(金) 00:11:01

/// 繁栄と限界 14 /////////////

 蒸気機関で動く大型機械群を備えた工業が登場すると、そのための
生産設備を一人一人の個人(労働者)が持つことはできない。また、
一人(または一家族)で、そのような生産設備を操業し運営することも
できない。このため、生産設備(生産手段)を持つ「資本家」と、
生産手段を持たず労働力のみを提供(販売)する「労働者」とに
分かれることになった。

///////////////// 1991年刊 ///




205 : ◆B77lBU26qk :2006/10/05(木) 23:11:08

/// 繁栄と限界 15 //////////////////

 産業革命以前の社会においては、働く者はそれぞれに生産手段を持っていた。
農民は耕作する土地の権利を持ち、スキやクワを持っていた。鍛冶屋は道具を持ち
仕事場を備えていた。馬車屋は車を持ち馬を飼っていた。商人は商品と屋台と
商売をする権利を持っていた。ところが、工場制工業生産がはじまると、生産手段を
持たない労働者が大量に発生した。彼らは、何の生産手段も持たないが故に、
どこででも働けたし、どこにでも居住できた。力ール・マルクスが、「自由なる労働者」
と呼んだ人々の群れである。近代工業社会とは、こうした「自由なる労働者」が
多数を占める社会なのだ。

//////////////////// 講談社文庫 ///





206 : ◆B77lBU26qk :2006/10/11(水) 23:14:03

/// 繁栄と限界 16 /////////////////

 一方、機械が発達してくると、人間を機械に置きかえるほうが有利になる。機械は
人間よりもはるかに強力であり動きが正確だ。だが、機械は動きが単純で判断能力が
ない。したがって、人間労働を機械に置きかえるためには、単純な動きで生産できる
ように製品を定形化し、判断が要らないように材料と完成品を規格化しなければならない。
 つまり、規格化が大量生産には不可欠なのである。すべての製品を単純な形態の
部品に分解して規格化し、大量に生産して、それを一定の順序で組み立てるように
すれば、機械化の応用範囲は広まり、人間労働の必要量は減少する。つまり、労働
生産性が向上し、製品の品質と均一性が高まる。したがって、こうした規格大量生産に
適した社会こそ、近代工業に適した社会ということができる。そしてそれを最も徹底
させたのが最適工業社会である。

/////////////////// 絶賛発売中! ///





207 : ◆B77lBU26qk :2006/10/18(水) 20:53:06

/// 繁栄と限界 17 ////////////////////

 日本が最適工業社会をつくったというのは、「規格大量生産に最も適した世の中に
なった」ということだ。現在、日本が世界に誇る国際競争力を持っている分野は、
規格大量生産が可能な分野に限られている。工業のなかでも規格大量生産ができない
伝統工芸品や一品生産的な大型航空機、原子力機器では、日本の生産量と競争力は
けっして強くない。コンピュータでも、規格大量生産になじみ難い大型機器が志向されて
いた間は、日本の競争力は弱かったが、八○年代に入って小型量産機器が普及すると、
たちまちにして日本の独壇場と変わってしまう。農業やサービス業、知価創造的な
分野などで劣るのも、規格化と大量生産化ができないからだ。

////////////////////// 絶賛発売中 ///





208 : ◆B77lBU26qk :2006/10/23(月) 21:58:26

/// 繁栄と限界 18 //////////////////

 明治以来日本は、欧米列強に劣らぬ近代工業国家をつくろうとした。それは、
とりもなおさず、規格大量生産に適した世の中をつくり上げることであった。
日本が量、質ともにそれに成功したのは戦後、とくに一九七〇年代以降である。
戦後の日本は、そのためにすべての政策を動員したばかりでなく、情報機関と
教育と生活規制によって、それが当然と信じるような社会環境をつくり上げた
のである。

/////////////////// 堺屋太一著 ///





209 : ◆B77lBU26qk :2006/11/03(金) 22:16:22

/// 繁栄と限界 19 ///////////////////

        「安定」から「効率」へ − 正義の転換

 前述のように、近代工業社会を生み出した精神は、合理主義、つまり物財の
多さを幸せと感じる美意識と、効率を正義と信じる倫理観だ。それが日本に
定着したのは、けっして古いことではない。
 徳川時代の日本では、最大の正義は「安定」であって「効率」ではなかった。
成長志向を弾圧した徳川家康の築いた政権・徳川幕府は、どれほど「効率」を
犠牲にしても「安定」を追求してやまなかった。あえて大井川に橋をかけなかったのも、
複数帆柱の船舶の建造と運航を禁止したのも、人と物との移動が容易になる
(効率がよくなる)ことで、人口の均衡と地域市場が崩れて安定が損なわれるのを
恐れたからである。

///////////////// 「日本とは何か」 ///




210 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2006/11/03(金) 22:56:05
お前たち猿には工業も農業も魚業も林業も商業全部無い

211 : ◆B77lBU26qk :2006/11/09(木) 21:54:41

/// 繁栄と限界 20 ////////////////////

 勤勉と倹約とをともに強調して、マクロの均衡とミクロの安定を両立させる一方、
労働を人格修養の手段と考えて労働の効率を無視するようにと説いた石田梅岩の
石門心学が、人々の共感を得たのも、安定を第一とする社会コンセプトがあった
からである。
 ところが、アメリカからきた「黒船」は、「安定」よりも「効率」を重視する近代思想を
提示した。このことは、日本社会を一変させるに十分だった。これによって、
それまでの最大正義だった「安定」が否定され、すべてを革新する効率追求が
正義になってしまう。いわゆる「尊皇攘夷」から「文明開化」への転換である。

///////////////////////// 1991年刊 ///





212 : ◆B77lBU26qk :2006/11/15(水) 23:26:44

/// 繁栄と限界 21 ////////////////////////

 この変化の激しさは世界史上にも例を見ないほどであった。それというのも日本人
には、そのときその場の多数の意見を正義とする相対的正義感が定着していたから、
日本の伝統的な気風と気性が、明治維新では見事に発揮されたわけである。
 一方、これに対する抵抗はいたって弱かった。「黒船」が現れるまでは圧倒的な
権威と権力を持っていたはずの徳川将軍も、それに忠誠を誓っていたはずの諸大名も、
たった十年のうちに自ら進んで権力を放棄した。「三河以来三百年」の天下の旗本
たちも、幕府を擁護しようとはしなかった。このとき、あくまでも徳川家と徳川幕府に
忠誠であろうとしたのは、会津・桑名などの大名とごく少数の旗本御家人、および
新撰組のような臨時雇いのガードマンだけだった。
 それというのも、この国にはみんなと違うことを恐れる集団主義の気性があった
からである。

////////////////////////// 講談社文庫 ///





213 : ◆B77lBU26qk :2006/11/19(日) 21:25:35

/// 繁栄と限界 22 /////////////////////

        死よリ怖い仲間はずれ

 人間は誰しも他人に好かれたいと思う。だが、その度合が日本人ほど
凄まじい民族はいない。とくに日本人が、自分の属する集団のなかで
嫌われることを恐れるのは、極端である。日本人が恐れる死以上に
こわいのだ。外国人は(ときには日本人自身も)、日本人は死を恐れぬ
民族だと思い込んでいるが、これほど大きな誤解はない。むしろ、
他の民族以上に死を恐れる。

//////////////////// 絶賛発売中! ///





214 : ◆B77lBU26qk :2006/11/25(土) 20:49:07

/// 繁栄と限界 23 //////////////

 たとえばガンと診断したときに、患者本人に告げるべきかどうか、
日本の医学界ではしばしば問題になる。日本では多くの場合知らせないが、
外国では成人の場合はたいてい本人に知らせる。
「あなたはガンです。あと三ヵ月の寿命でしょう。いまのうちに遺言を書き、
牧師を呼んでお祈りをしなさい」というわけだ。キリスト教の終油の秘跡は、
死ぬ前に行う儀式であり、「お前はこれから死ぬぞ」といって額へ十字に
油を塗る。

///////////////// 絶賛発売中 ///





215 : ◆B77lBU26qk :2006/12/02(土) 21:21:47

/// 繁栄と限界 24 ///////////////////

 ところが、日本の仏教の引導は、死んでから棺桶の前で渡す。生きているうちに
坊さんがきたら、患者はびっくりしてしまう。不治のガンも同様で、日本では大体に
おいて本人には告げないことになっている。このため、患者が遺言を書くこともなく、
相続問題をこじれさせる例が少なくない。しかし、それにも合理的な根拠がある。
ガンを告知すると、結果が著しく悪いのである。
 外国の統計では、患者に不治のガンを告知した場合も告げない場合も、ほぼ
同じくらい生きるそうだ。つまり確実に死ぬといわれても、それで気を病んで寿命を
縮めることは少ないらしい。

/////////////////////// 堺屋太一著 ///





216 : ◆B77lBU26qk :2006/12/09(土) 20:58:02

/// 繁栄と限界 25 ///////////////////////

 ところが、日本での統計では、告知した場合には、断然死期が早まってしまう。
ある有名なお坊さんが、
「自分は若い頃から修行して仏に仕え、精神修養をしてきた。けっしてガンを
告げられても驚かないから、本当のことをいってくれ」
 というので、お医者さんが、
「じつは、ガンです。あと六ヵ月ぐらいの寿命でしょう」
 といったところ、翌日から食事もできなくなり、二週間で死んでしまったという例もある。
医者が病状から判断した期間に比べて、日本人の場合は、告知された人は
告知以前の予想余命の平均三分の一ぐらいの期間で死んでしまうといわれている。
 要するに、日本人は死を恐れるのであり、生命に対する執着、現世的欲望の
強い民族なのだ。

//////////////////////// 「日本とは何か」 ///





217 : ◆B77lBU26qk :2006/12/16(土) 20:46:52

/// 繁栄と限界 26 //////////////////

 では、それほどに死を恐れる日本人から、特攻隊を志願する若者が相当数
出たのはなぜか。外国には、切腹や特攻隊が喧伝されているため日本人は
死を恐れぬ民族だと思いがちだが、じつは違う。特攻隊を志願して、幸いにも
出撃前に終戦になって生き残った人々にインタビューした記録を見ると、志願の
理由を「国のために死ぬ気になった」と答えた人は、一割以下だった。
あとの人々は、「行きたくはなかったけれども、みんながやかましく行け行けというから、
断れなくなった。仕方がなかったのだ」

/////////////////////// 1991年刊 ///





218 : ◆B77lBU26qk :2006/12/23(土) 21:08:05

/// 繁栄と限界 27 ///////////////////////

 というのである。日本人にとっては、みんなの意向、つまり自分の属する集団の
意思と見られるものに逆らうことは、恐ろしい死以上に恐ろしい。水利に頼る
水田農業に親しみ、村落共同体を離れては生きていけなかった日本の伝統が、
集団に逆らえない性格と習慣を、日本人全体に植えつけたのである。
 こうした集団主義の気性が、神と仏とを同時に祭る相対的正義感の気風と
相まって、日本社会のムードと日本人の倫理観を一挙に激変させることが
しばしばある。幕末から明治維新にかけての十年余りの間にもそれが起こったのだ。

///////////////////////// 講談社文庫 ///





219 : ◆B77lBU26qk :2007/01/01(月) 00:51:53

/// 繁栄と限界 28 ////////////////////

        文明開化から官僚主導ヘ

 アメリカの黒船がはじめて現れたとき、全国民のほとんどが攘夷を唱え、
安定社会の継続を主張した。もっともこれには、徳川幕藩体制を守ろうという
積極的理由よりも、外国の要求に屈したくないという民族意識のほうが強かった
だろう。しかし、馬関戦争や薩英戦争によって、それが大きな損失を伴うと
分かると、たちまちにしてムードが変わった。

////////////////// 絶賛発売中! ///





220 : ◆B77lBU26qk :2007/01/13(土) 00:13:46

/// 繁栄と限界 29 //////////////////

 そしてそうなれば、従来の体制はすべて否定され、誰もこの流れに抗し難くなって
しまうのが日本だ。二百五十年にわたって圧倒的な権威と実力を誇った徳川幕府が、
抵抗らしい抵抗もできないままに倒壊しただけではない。各地の大名も武士階級も、
その地位と特権が主張できなくなる。寺院も神社もヨーロッパ風の発想で再編成
させられる。土地所有や職業団体も一挙に近代資本主義の概念で決定されてしまう。
歴史や国語の教科書さえも、欧米の近代理論によって書きかえられてしまうという
有様だった。「文明開化」が流行語となり、「脱亜入欧」が叫ばれた。単に「入欧」
(ヨーロッパ近代文明に親しむ)だけでなく、「脱亜」(これまでの東洋的学識と慣習を
捨てる)までいわれるのだから凄まじい。明治の人々は、仏教を推奨しながら
「敬神の詔」を出した聖徳太子よりも性急だった。

//////////////////// 絶賛発売中 ///



221 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2007/01/17(水) 00:48:19
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